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戦国の修験者  作者: 柳田石燕
第1章:『地』の巻
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実盛参詣

「やったわ!本当に勝っちゃったわ!」


 大金星に大喜びのユズは興奮のあまり幸人にヘッドロックする。


「痛!アバラが痛えよ!ヘッドロック固めるなら、せめて間に座布団でも敷いてくれ。」


 生死を賭けた戦いを終えてフラフラの幸人は、キレのないツッコミで適当にあしらう。

 つまらなさそうにユズは腕を解くと、幸人は緊張の糸が切れたようにそのままストンと地面に座り込んだ。


 文字通り『力』を出しきり、幸人は空っぽだった。

 戦闘の爪痕が残る景色。耳から入る自然音。土埃が舞って辺り一面に漂う埃っぽい臭い。カラッカラに乾いた口の中。日が落ち肌寒い風が当たる肌感覚。

 すべての五感は正常に機能しているものの、五感を通して入ってくる情報の処理を脳が拒んでいるかのように、幸人は何も感じず、何も考えられなかった。


「俺たち、本当に勝ったんだよな。」

 疲れと安堵が入り混じった声で幸人はその勝利を噛み締めた。



「カッカッカッ。まっこと天晴な修験術(ちから)であったのう。」


 突如、どこからともなく実盛の声が木霊(こだま)してきた。

 幸人とユズは驚いたように周囲を見渡すが、しかし、実盛の気配は感じない。


「今度は何?負けた腹いせに闇討ちでも仕掛けようっていうの?」


 敵の居場所を割り出そうとユズが注意深く話しかける。


「安心せい。もうお主らに危害を加えるつもりはない。それに、いくら探してもわしはそこにはおらんよ。今は言霊でお主らに語りかけておるからの。」


「じゃあ、一体何の用だよ?」

「いやなに。対戦後の礼をと思ってな。勝負の中でも礼儀を忘れず。これも立派な『和』の心よ。」


 なんだか戦闘中の実盛とはまた別人のような口ぶりに、二人は腑に落ちないといった様子。


「お主らが面食らうのも無理ないわい。妖怪と化してからというものの、わしの中では人であった頃の自分と妖怪としての自分が混在しておってな。ちょっとした感情の変化ですぐに人格が入れ替わってしまうんじゃ。」


 解離性同一性障害、という表現は適切ではないかもしれないが、実盛の中には人間としての「実盛」と、妖怪としての「実盛」の二つの人格が入り乱れているとのことだった。

 その人格のコントロールは実盛自身でも難しく、どんなに冷静さを保とうとしても、ちょっとした感情の起伏で、凶暴な妖怪としての顔が現れ出てくる。

 害虫被害を起こす実盛虫も「妖怪」としての実盛の仕業で、人の人格がどんなに拒んでも害虫被害の発生を抑えることができなかった。


「何度も心の統率を試みたものの、『稲の切り株』の(くだり)を耳にする度、沸き立つ感情を押さえ切れなくてな。悲しい哉、これも逃れられぬ妖怪の性なのかもしれんのう。」

 実盛はしみじみと呟く。


「じゃが、お主らのお陰でしばらくは『妖怪』の人格も大人しくするじゃろう。最期にその礼を言いたかったのじゃ。」


 『妖怪としての実盛』は、確かに人に仇をなす存在なのかもしれないが、少なくとも『人としての実盛』は、そこまで悪者ではなかった。

 事実、妖怪の人格を抑えこんでくれたことへの礼と称してはいるが、危険な目に遭わせてしまったことの謝意もそこには含まれているようだった。


 しかし、感情に流されないユズはあくまでビジネスライクに実盛に詰め寄る。


「お礼なんて必要ないわ。欲しいのは、もう二度と害虫被害を起こさないって約束してくれることよ。」


「今しばらくは約束しよう。しかし、既に申したとおり、妖怪の人格はわし自身コントロールが効かん。今はおとなしく眠っているようじゃが、再び目を覚ました時はどうなるかはわしにもわからん。」


「それじゃあ何の解決にもならないじゃない!やっぱり居場所を突き止めて、成仏させなきゃ・・・」


 ユズは袖をまくり上げ、一人煮えたぎっている。

 実盛はというと平身低頭した様子で、努力はするが約束できないものは約束できないと食い下がっている。


 このままでは埒が明かないので、しかたなく幸人は助け舟を出すことにした。

 ただし、ユズにではなく、実盛に対して。


「要は、あんたが実盛虫を発動させちまうのは、『稲の切り株』の話で笑い者にされて、つい頭に血が上っちまうからなんだろ?だったら、皆が『稲の切り株』の話の中で斎藤実盛を笑い者扱いしなくなれば、感情が乱れて妖怪の人格が出てくることもなくなるじゃないのか?」


 的を外してはいないが、全く役に立たない正論を振りかざされて、思わず言葉を失うユズと実盛。


「あのね、実盛が死んでから五百年以上たった今でも言い伝えられている話なのよ。そう簡単に人の噂がなくなる訳ないじゃない。」


「精霊の娘の言うとおりじゃ。わしも最初はそうしようと考えたのじゃが、人の口に戸は立てられぬ。どう足掻いたところで、噂好きの口封じは出来やせんよ。それにわしはもう死人。死人に口なしというように、反論されない存在の噂話ほど手軽で面白いものはないのじゃろう。」


 怪訝そうな表情を浮かべるユズを尻目に、幸人はあっけらかんとして核心を突く。


「だから、噂できないような存在になればいいんだって。」


 ユズは何かに気づいたように幸人の顔を確認する。

「なるほど。そういう事ね。」


「ちょっと待て。そういう事とは一体どういう事じゃ。わしにも分かるように説明してくれい。」


「つまりね、貴方がこの廃神社の御祭神になればいいってことよ。」


「何だって!?」「何じゃと1?」


 ユズの破天荒すぎる論理に幸人と実盛は思わず言葉を失う。


「いや、ちょっと待って。何で幸人まで驚いた顔をしているのよ。貴方も同じことを考えていたんじゃないの?」

「いやー。俺はただ、学校の番長みたく、誰も影で噂や悪口できねえくらい強くなれって意味で言っただけで・・・。」


 語るに足らずと言った表情でユズは、はぁ~っとため息を漏らす。


「このあんぽんたん。この廃神社に着いた時に言ったでしょ。神社は神様を祀る場所であると同時に、その地に宿る魑魅魍魎を封じ込める場所だって。」


 ユズは、人としての実盛を神社に神様として祀り、妖怪としての実盛を魑魅魍魎として封じ込めるつもりだった。

 神聖な神社に封じ込めることで妖怪としての力を抑え、同時に神様として信仰を集めることで実盛虫のイメージを払拭しようという一石二鳥のアイデアだ。


「けど、この廃神社だって元々は何かが祀られていたんだろ。勝手に別の誰かを祀っても大丈夫なのかよ?」

「調べてみたけど、この廃神社に祀られていたものはもうここにはいないみたい。放っておくと、悪いものの吹き溜まりになっちゃうかもしれないし、だったらいっそのこと誰かがこの神社に根付いて護ってくれたほうが助かるわ。という訳なんだけど、いかがかしら?」

「いやはや、誠に身に余る光栄。謹んでお受けいたしますぞ。」


 話はまとまった。

 これで害虫被害の心配もなくなりそうだ。


 新しく神霊を祀るのであれば、その礼拝の対象となる「依り代」が必要となるのだが、適当なものがなかったため、幸人が作り出した巨大な岩矛にしめ縄を巻き、即席の依り代とした。


「簡易的な依り代で申し訳ないわね。もう少し立派な依り代をそのうち用意してくるから、それまでそこで我慢してね。」


 実盛は既に依り代に降りてきているのか、しめ縄が巻かれた岩矛から声が聞こえてくる。


「いやいや。依り代はこの岩で十分じゃよ。今日という日を忘れんためにも、今後の戒めとしても、わしはこの岩とともに研鑽を重ねていく所存じゃ。」

 未だ実盛の姿は見えないが、声色から察するに居心地は悪くなさそうだった。


「それじゃ、用も済んだことだしそろそろ帰ろっか?」


 気づけば日はすっかり沈んでしまっていた。

 現代の世界と違い、街灯などが存在しないため辺りは真っ暗で、目が暗順応してやっと目の前が見える程度だった。


「そうだな。早く帰らねえと彫門じいちゃんを心配させちまう。」


「ちょっと待ってくれ。最後に一つだけ頼みを聞いてはくれまいか。」

 慌てたように実盛は二人を引き止める。


「自分から頼むのも変な話じゃが、お主たち参拝してもらえんじゃろうか?これからこの神社の御祭神としてやっていく訳じゃが、その間、様々な参拝者の願いに触れることじゃろう。男や女、大人や子ども、善人や悪人。しかし、人間の願いとは時に身勝手で、時に不道理なもの。全ての願いが叶うほど世の中はうまくできておらんし、わしかて全てを受け入れられるほど懐は深くない。それでも、今この時のようにいつまでも初心を忘れず常に凛とした気勢でいるために、どうしても最初はお主らに参拝してもらいたいんじゃ。」


 幸人とユズは顔を見合わせ、やれやれといった表情で微笑む。


「おいおい、あんたはもう神様なんだぜ?それじゃあ、『神頼み』ならぬ『神頼まれ』になっちまうよ。」

「そうそう。もっと堂々としていいのよ。」

 そう言って二人は「二拝二拍手一拝」の作法で『神頼まれ』した。


「かたじけない。何から何まで本当に世話になった。ところで、修験者の少年。お主、名は何と言ったかの?」

「俺か?俺は吉良星(きらぼし)幸人(ゆきと)だよ。」

「そうか。幸人、礼といっては何だが、一つ教えてやろう。お主が今願った願い、そう遠くないうちに成就するようじゃぞ。」

「本当か!俺ちゃんと未来に帰れるのか!」


 戦闘の疲れも忘れて幸人は喜びまわっている。


「この先も様々な出会いが待っておるようじゃな。人間五十年一期一会の毎日。その(えにし)を大切にするようにな。」

「おう!実盛のじいちゃんも元気だな!」

「カッカッカッ。またいつでも遊びに参れよ。」



 幸人とユズは廃神社を後にし帰路に着く。


「そういえばユズは何をお願いしたんだ?」

「ん〜、内緒。」

「なんだよ、教えてくれたっていいだろ?」

「じゃあ一つだけヒント。『幸』に『㣺(したごころ)』と書いてなんと読むでしょうか?」

「また国字クイズか?『幸』に『㣺(したごころ)』・・・。って、そんな漢字あるわけねえじゃねえか。大体、幸せな下心(したごころ)ってただの変態じゃねえか。」

「誰が変態ですって!あんた、その一言多い癖直しなさいよね!」

「痛てててっ!分かったからヘッドロックしてくんじゃねえ!」



 握れば拳開けば掌。

 今夜もくっきりと夜空に浮かび上がる下弦の月。しかしその明るさは決してデジタルでなければ水墨画調の淡さもない。

 それはまるで出口の見えない洞窟の果てに現れた金色の光明のように、温かく色鮮やかな光で幸人を照らしていた。

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