握れば拳開けば掌
「いい?もう一度説明するわよ。おそらくだけど、幸人のその修験術は外から力を吸収し自分の力に変換する類の能力だわ。そして、それは右手と左手で役割が分かれている。左手で力を吸収し、右手で験力を発する。そんなところね。」
「なるほど。だから右手に当たった飛沫は吸収されなかったのか。」
本当にこの手にはそんな大層な力が宿っているのかと思うと、自分の手ではないような錯覚に陥りそうになる。
幸人は自分の両手をじっと見つめる。
見慣れたいつもどおりの手。どこも変わったところはない。
ぐっと拳を握り、自分の手であることを再確認する。
「カッカッカッ。その左手の貪食っぷり、誠に天晴よ。わしの妖力は美味であったか?」
体勢を立て直した実盛はなぜか嬉しそうに笑っている。
「ふん!お陰様でおいしく頂いたぜ。もうお前の攻撃は効かねえから、大人しく観念しな!」
「それは何より。では、口に合うか分からんが、こいつも一口いかがかの?」
そう言って、実盛は腰に帯びた大太刀を抜く。
五尺以上はあろうその大太刀は、見ているだけで全身を八つ裂きにされる感覚を抱かせるほど鋭い殺気を放っていた。
「お、おい、ユズ!なんか刀とか抜いちゃっているけど、あれも左手で吸収できるのか?」
すると突然、ユズは足元に落ちていた石ころを拾い、何の脈絡もなくおもむろに幸人目掛けて投げてきた。
虚を衝かれた幸人は、反射的に左手で石を防ぐ。
「うぉい!急に何するんだよ!」
しかし、ユズは幸人からのクレームには耳をかさず、しげしげと投げた石ころを観察している。
「だめね。実体のあるものまでは吸収できないみたい。」
吸収されるかどうかを試すにしても、もっと他に人道的な方法があったのではないかと目で訴えかける幸人。
ともかく、幸人の能力では物理攻撃である大太刀を防ぐ術はなさそうだった。
「カッカッカッ。タネが分かれば造作も無い。わしの攻撃はもう効かぬと申しておったな。その言葉、嘘か誠か試して進ぜよう。」
実盛は大太刀を振り上げ、幸人に斬りかかってきた。
通常、大太刀はその長大さから扱いが難しい武器とされ、剛毅で武勇に優れた武士のみが戦場で使用したとされているが、さすが生前は歴戦の有力武将だっただけあって、実盛の大太刀捌きは見事なものだった。
肩から足まで全身の力を使い振り落とされた太刀の刀身はヒュンと鋭く風を切る音とともに幸人へ襲いかかる。
「うわっ、ちょ、待って。さっきのは冗談!攻撃効かねえとか冗談だから!」
斬撃を回避しようと幸人が身をかがめると同時に、突然目の前に岩矛が現れ、幸人の代わりに斬撃を受けた。
ユズの出した岩矛のおかげで、間一髪、幸人は斬撃を回避した。
「ビビったー。さすがゴリ女。ありがとな、ユズ。」
「お礼はいいから、よそ見しない。ほら、今がチャンスよ。」
見ると、太刀は岩矛に噛まれたように深く刺さり、実盛は岩矛から太刀を引き抜かんと押して引いてと周章狼狽していた。
太刀が使えない今がチャンス。
幸人は右拳を握り、力を込める。
そのまま一気に間合いを詰め、幸人は再び渾身の右ストレートを実盛にお見舞いした。
「ぐわあああああ!」
しかし、攻撃した瞬間に断末魔を上げたは幸人だった。
「痛って!鎧、超硬え!」
どういう訳か幸人の攻撃はさきほど実盛のみぞおちに浴びせたような験力は発動せず、逆に幸人はダメージを負って赤く腫れた右拳を押さえ悶絶している。
殴られた実盛はというと、鎧に守られダメージ一つ負っておらず、幸人の様子には目もくれず、引き続き刀を引き抜かんと奮闘している。
「っつ〜。一体どうなってんだ?」
「さっき言ったでしょう?幸人の能力は外から力を吸収し自分の験力に変換する能力。まず左手で妖力を吸収しないと右手の力は発揮出来ないわよ。」
二人の間に微妙な間の沈黙が流れる。
「いや、それ早く言えよ。」
「仕方ないでしょ。私だって今気づいたんだから!」
思わずため息を漏らす幸人。
どうせ修験術を手に入れるなら、もっと自立型で汎用性に富んだ能力が欲しかった。
そんな心の声が現れ出たかのように幸人は右手を乱暴に擦る。
「カッカッカッ。他人の褌で相撲を取るとは正にこのこと。情けない男じゃ。」
なんとか岩から太刀を引き抜いた実盛はゼイゼイ息を上げながら幸人を煽る。
「いやいや、自分で岩に刺した刀を引きぬくだけで息切らしているジジイに言われたくねえよ。」
「笑止!下の方にあった硬い岩層に食い込んだからちょっと時間がかかっただけじゃ!しかし、悪いが遊びはここまで。次はないと思うがよい。」
そう言って実盛は切れ味鋭い妖怪の顔に戻り、再び流れるように太刀を構える。
それに合わせて幸人も拳を構えるが、こちらはどこかぎこちない。
ユズの言うように、先程実盛をふっ飛ばしたような右拳の力は、左手で力を吸収しないことには発揮されない。つまり、実盛がもう一度妖力弾を放ち、それを吸収しないことには幸人に勝機はないのだが、既に手の内を知る実盛は一向に妖力弾を放とうとしなかった。
このままでは、為す術もなく実盛の大太刀に切り捨てられて終わってしまう。またしても絶体絶命の大ピンチだった。
幸人は必死に考える。どうしたら、もう一度実盛に妖力弾を撃たせることができるのかと。
しかし、あれこれ考えてはみるものの、刃物という実体をを目の前にするとよりリアルに自分の死をイメージしてしまい、うまく考えがまとまらない。
追い詰められ、唇を震わせる幸人。
「何情けない顔しているの。握れば拳開けば掌。そんなんじゃうまくいくはずのものも駄目になちゃうわよ。」
ユズは後ろから幸人の両肩へ手を置いて、落ち着かせるかように語りかけてきた。
「それに言ったでしょ?私は精霊。『力』の結晶よ。私がいればあんな妖怪、幸人の右手で一撃よ。」
ユズは優しく笑いかける。
幸人は何かに気づいたようにユズの顔を確認する。
イメージを共有したことを確認したかのように、ユズも目で呼応する。
「分かってるわね?チャンスは一回だけ。行くわよ!」
そう言ってユズは幸人の背中をそっと押した。
後押しを受けた幸人はそのまま迷いなく丸腰で実盛を目掛けて走りだす。
「カッカッカッ。追い詰められ血迷ったか?じゃが、情けは無用。一思いに切り捨ててくれるわ!」
実盛もまた幸人を迎え撃たんと走りだした。
実盛が走りだしたことを確認すると、ユズは岩矛を出すため地面を拳で突いた。
しかし、幸人と実盛の間合いはまだ詰まっておらず、実盛は太刀を振り下ろしてもいない。
先程と同様に実盛の斬撃を防ぐのであれば、タイミングが早過ぎる。
「カッカッカッ。時機を見誤ったか。これで斬撃を防がれることもない!」
勝機と見て、一気に加速する実盛。
しかし、突如、実盛の足元に縁石ほどの高さをした小さな岩矛が現れる。
目の前の幸人にばかり集中していた実盛は、出てきた岩矛に足を取られ、足をすくわれた相撲取りのように豪快に倒れ転んだ。
ユズの目的は、斬撃を防ぐのではなく、実盛の足払いだった。
「ぬわあ!・・・はっ!この感覚どこかで経験したような。」
きっと、生前に稲の切り株に足を取られ転んだ時も同じようなシチュエーションだったのだろう。デジャヴする死亡原因を前に実盛は思わず凍りついている。
すかさず、幸人は右拳を握り、倒れて仰向けになっている実盛に飛びかかった。
実盛が吠える。
「フン!いくら不意を突いたところで、お主の拳は文字通りただの素手。殴ろうが蹴ろうがわしには全く効かんわ!」
確かに、幸人はまだ実盛の妖力弾を吸収しておらず、右拳のチャージもできていない。
このままではまた先ほどのようにダメージを負わせるどころか、拳を痛めてしまう。
しかし、それでも幸人は一切ひるまず、無謀とも思えるほど全力で突進していた。
「無駄な足掻きをしおってからに。何度言わせれば気が済むのじゃ。お主の拳でわしを倒すことなど・・・。」
「これを見てもまだそう言えるかしら?」
意気揚々としてユズは言った。
身体の真横で腕を90度挙げたユズの手の上には、神々しく光を放つキューブ状の物体が浮遊している。
「受け取りなさい!幸人!」
ユズから放たれたその光の立方体は吸い寄せられるように幸人へ向かっていった。
幸人が左手で吸収する『力』は何も妖力だけに留まらない。
『力』の結晶である精霊の『力』もまた、幸人にとって験力の源だった。
幸人は左手を開き、掌でユズの『力』を吸収する。
高まる鼓動。駆け巡る脳内物質。
実盛の妖力弾を吸収した時とはまた違う、優しく温かな力で幸人は満たされた。
幸人は確かめるように右拳を握り、その感触に安心する。
まるで第二の心臓のように脈を打つ右拳は、今にも爆発しそうなくらいの験力で満ち溢れていた。
「成仏しやがれ、コノヤロー!」
幸人の拳はそのまま地面に向かって垂直に下り、横たわる実盛ごと地面を地割りした。
その瞬間、甲高い破砕音とともに、ユズが創り出す規模の倍以上の岩矛が地面より隆起し、実盛を空高く撃ち上げた。
周囲の地形が変化するほどの大地の奔流。
拳一つで軽い天変地異を起こしてしまったことに幸人本人が一番驚いた。
「実盛はどこに消えた?」
幸人は周囲を見渡し斎藤実盛の所在を確認するも、それらしい影は見当たらない。
おそらく、撃ち上げられた拍子で他所に飛ばされてしまったのだろう。
しかし、岩矛の突き上げを全身に受けた上、その後の落下の衝撃。いくら妖怪といえど、決して無事では済まない。
幸人とユズの勝利だった。