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戦国の修験者  作者: 柳田石燕
第1章:『地』の巻
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投合と邂逅

 明朝、幸人はユズと二人でとなり村の篠原村という所に向かっていた。


 なんでもその篠原村の水田が害虫被害に遭っているそうで、このままだと年貢を納められなくなるから助けてほしいと彫門に相談があったらしい。


 彫門は、本当なら幸人にとある公家から依頼されている妖怪退治を任せるつもりだったが、幸人がちっとも修験術を使えないと知り、敢え無くこの子供の使い程度の仕事を任せることにした。


 とは言うものの篠原村は白眉の穀倉と呼ばれるほど米の収穫量が多く、この地域一帯に課せられている年貢米のほとんどを賄っている要所であることに加え、まだ戦国時代に来て間もない幸人を一人で遣わすのも心許ないことから、彫門の命でユズを一緒につけて二人で行くことになったのだ。



 うら若き男女が二人っきりで遠出。

 さぞ楽しいひと時になるかと思いきや、何やら両者の間には重苦しい空気が漂っていた。


「なによ。私は昨日の夜のことまだ許したわけじゃないからね。」


 そう言ってユズはぷいっとそっぽを向いている。


 昨日の夜のこととはおそらく「あばら骨」の一件を指しているのだろうが、よほど根に持っているのだろう。幸人とユズの間には、特に会いたくもない顔見知り程度の知人と偶然エレベーターの中で二人っきりになってしまった時のような、なんとも言えない気まずさで満たされていた。


「だから悪かったって。ほら、これあげるから機嫌直してくれよ。」


 そう言って幸人はポケットから菓子袋を取り出しユズに手渡した。


「なによこれ?」


「これはな、『きのこの山とたけのこの里ミックスパック』といって、一袋できのこの山とたけのこの里両方が楽しめる、まさに一袋で二度おいしい俺の時代の大人気菓子なんだぜ。」


 現代の星降の楼閣で五行説の巻物と一緒に見つけていた菓子袋をタイムスリップした時からずっと隠し持っていたのだ。


 チョコ菓子をプレゼントする程度で許してもらえるとはこれっぽっちも思っていなかったが、せめて会話の間をもたせられたらと藁にもすがる思いで話をふってみた。


「ふざけないで!お菓子一つで心変わりするほどこの高貴なる地の精霊はお安くないわよ!」


 すがろうとした藁は手をかすめ、火に油ならぬ火に藁を注ぐ結果となってしまった。

 慌てて幸人は菓子袋を開封し、中身を取り出した。


「まっ、まあ見てくれよ。こいつをどう思う?本物の『きのこ』と『たけのこ』みたいだろ?それにこの黒い部分『チョコ』っていうんだけど、甘くておいしい上に美容にもいいらしいぜ。たしかこの時代にはまだ存在してないんじゃないかな。とにかく今ここで食べなきゃ、あと五百年は食べられないぞ。ほら、試しに食べてみろよ。」


 幸人の必死のプロモーションに食指が動いたのか、片方の眉がぴくっと動く。


「言われてみれば確かになんだか変わったお菓子ね。」


 そう言うとユズはおもむろにチョコ菓子をつまみ上げひょいと口に運んだ。


「・・・これは!?」


 そう言ったままユズは眉間にシワを寄せて固まっている。

 流石に精霊に庶民のお菓子を食べさせるのは罰当たりだったかと反省する幸人。


「あ、えっと。流石に人間の菓子なんて口に合わないよなー。ごめんごめ」


「素晴らしいわ!『きのこ』も『たけのこ』も山の幸なのに、あえて菓子という枠にはめて比喩的に山の実りを表現してるのね。それにこの黒い部分、『ちよこ』といったかしら?これも特筆すべき対象よ。砂糖をふんだんに使った甘さの中にしっかり残るほろ苦い後味。こんなに幸福感を満たす加工甘味料は今まで一度も食べたことないわ。あと、土台部分の洋菓子もいいアクセントになっているわ。このサクサクとした食感があるからこそ飽きを感じさせずいくらでも食べられるようになっているのね。ちなみに『きのこ』と『たけのこ』で土台の食感が異なるみたいだけど、これは好みが分かれそうね。あ、もちろん私はどっちも好きだけど。とにかくこれは素晴らしい逸品よ!」


 思いがけず効果は抜群だった。

 豊穣を象徴する精霊とあって食べ物に対する造詣は深く食レポも御手のものだ。


「お、おう。喜んでもらえたみたいでよかったよ。」


 さすがにここまで食いつくとは予想外だったが、すこしユズの機嫌を取れたようで幸人にとっては嬉しい誤算だった。

 美味しそうに菓子を頬張るユズだったが、何かに気づいたのか、次第に確かめるように咀嚼している。


「ちょっといいかしら?この『ちよこ』。植物の果実を使っているみたいだけど、何が入っているの?」


「おー、さすが精霊だけあって味覚もピカイチなんだな。そのチョコってのは『カカオ』って樹の果実が原材料なんだ。」


「『加加阿(カカオ)』ですって!?」


 突如、頓狂な声を上げたユズは狐につままれたような顔をしてポカンと呆けている。


「どうしたんだよ?何かまずかったか?」


「まずくなんかないわ。『加加阿』はね、別名『神々の穀物』と呼ばれ、古来から神聖な食べ物とされているの。私もずっと探していたんだけど、まさかこんな形で口にすることができるなんて・・・。」


 探しても見つからないのは当然で、この頃の日本ではカカオは手に入れるどころか栽培すらされておらず、殆どがアフリカや東南アジア、中南米で生産されていた。

 加えて、19世紀に入るまでチョコレートは飲み物であったため、少なくとも日本が戦国時代だった15世紀末から16世紀末には固形の甘いチョコレートは存在していない。

 ユズにとっては二重三重の意味でカルチャーショックだった。


「ねえ、あんたの居た時代はこれ以外にも美味しいものはあるの?」


「もちろん。チョコ菓子、スナック菓子、氷菓子。最近だと塩菓子ってのも人気だな。それから・・・」


 よほど現代のお菓子が気に入ったのだろう。ユズは目をキラキラさせながら幸人の話に聞き入っている。


「五百年後の世界かぁ。行ってみたいわね。」

「今度俺が帰るときに一緒に連れて行ってやるよ。」


 フフッとユズは優しく微笑んでいる。

「期待して待っているわ。」


 コホンと軽く咳払いをして、居住まいを正し、ユズは幸人に右手を差し出す。

「そう言えば、まだちゃんと自己紹介をしていなかったわね。私は木屋平ユズ。この地一帯を守護する地の精霊よ。」


「俺は吉良星幸人。どうやら彫門じいちゃんの子孫ってことらしい。よろしくな、ユズ。」

「よろしくね、幸人。」


 それほど強くない、軽く手をつなぐ程度の日本人らしい握手を二人は交わす。


「!?」


 繋いだユズの手が自分の意志に基づかずぴくっと反応した。

 ユズは繋いだ幸人の手を見つめる。一見、彼の手に特別変わったところはなさそうだが、ユズはその背後にある何かを透視するかのようにキッと幸人の手を観察している。


「なるほどね。」


 得心がいったようにユズはくすっと笑い、その手を解く。


「なんだよ?俺の手になにか付いてるのかよ?」

「なんでもないわ。ほら幸人、もたもたしてないで早く行くわよ。」


 目的地の篠原村はもうすぐそこだった。



「ここが篠原村かあ!」


 さすが白眉の穀倉と呼ばれるだけあって、篠原村辺り一面を埋め尽くすほどの青田が広がっていた。

 一見すると稲は順調に生長しており、とても害虫被害に遭っているようには見えなかった。


「なんだよ、何も問題ねえじゃねえか。特に異常なし。よし撤収!」


 仕事はさっさと片付けてさっさと帰る今風の若者の幸人は、到着してわずか数分でもう帰り支度を始めようとする。


「あんたの目は節穴なの?よく見てみなさいよ。根本が食い荒らされているわ。」


 ユズの指摘どおり、よく見ると稲の根元部分が所々咬み切られ、腐食して黄色く変色している。広がる青田の壮大さで隠れてしまっているが、詳しく稲の一束一束を観察すると確かに葉は痩せ細り、どこか弱々しかった。


「けどさ、ユズ。虫なんてどこにもついてないぜ?」


 確かに幸人の言うとおり、食い荒らされた稲には虫一匹たりとも付いていない。



「それはおそらく、今は主のもとに帰っているからでしょう。」


 不意に聞き慣れない声が背後から聞こえてきた。


 驚いて振り返ってみると、そこには被り笠に黒袈裟姿の托鉢僧(はくたつそう)が一人佇んでいる。


「あんたは?」

「ただの通りすがりの托鉢僧ですよ。」


 そういって托鉢僧は目深に被った笠をはらりと脱ぐ。


 幸人は思わず面食らった。

 その托鉢僧は、ともすれば女性に見間違いそうになるほどの優男だった。黒く艶やかな髪は腰の位置まで伸び、髷も結わずにそのまま下ろしている。その戦国の世には似つかわしくない程の中性的な風貌はどこかエキゾチックな雰囲気を醸し出していた。


「主のもとに帰ったって、どういうことだ?」


「稲の害虫の多くはその田んぼから動かず、じっくり餌である稲を食いつぶしていきます。害虫の本能とでも言うのでしょうか。害虫はそこに棲息し続けるため、どこかに逃げたり消えたりすることはまずありえません。しかし、ここには害虫がいない。生き物が本能に背く行動を取るときは、誰かに命令され強いられているとき。すなわち、害虫は誰かに命じられ遣わされていると考えられるのです。」


 托鉢僧の素っ頓狂な推理に、幸人は思わず吹き出した。


「じゃあ何だ?その主とやらに命令されて、害虫はこの一帯の稲を食い荒らしているってのか?一体何のために?稲を食い荒らして、その主には何の利益があるんだよ。そもそも虫が命令されて、その通り動くわけないじゃねえか。なあユズもそう思うだろ?」


 しかし、ユズは幸人の問いかけに応じず、口元に手をやり、ずっと何かを考え込んでいる。

 托鉢僧も幸人の嘲笑に顔色一つ変えず、柔らかく微笑んでいる。


「確かににわかには信じがたい話ではありますね。しかし、世の中には人知を超える凶事や出来事があるのも事実。この凶事も人の及ぶ所ではないのかもしれませんね。」


 そう言って、托鉢僧は何かを探すように周囲を見渡した。


「百聞は一見に如かず。実際に『凶事(それ)』をご覧になられたら、ご理解いただけると思います。あんな風にね。」


 見ると、托鉢僧の指差す方角から、黒い煙のようなものがこちらに向かってきている。

 近づいてくるにつれ、それは黒い点描の集まりであることが視認でき、更に近づいてくると、それは何かの生き物の群れであることが理解できた。


「虫だ!」


 それは害虫というより、害虫をかたどった黒い影のようで、瞬く間に田んぼに群がり稲の根を蝕み始めた。その光景は単なる自然現象(がいちゅうひがい)とは言いがたく、吐き気を催すようなおぞましい光景だった。



 ひとしきり食べ終えたのか、散り散りになっていた黒い影は再び群れとなり、飛来してきた方角へ戻っていった。


「せ、戦国時代の害虫ってすごいんだな。」


 再々度改めてとんでもない時代に来てしまった呆気にとられてる幸人。


「何腑抜けてんのよ。それに、あれはただの害虫じゃない。」

 先程まで、ずっと考え事をしていたユズが何か確信を得たような表情で口を開く。


「これは妖怪の仕業よ。」

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