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戦国の修験者  作者: 柳田石燕
第1章:『地』の巻
3/8

手違いで導かれし者

 塔で立ち話も何だと三人は場所を奥座敷に移した。


 そこは、元の時代と全く同じの奥座敷だった。

 下手くそな字で書かれた掛け軸。猫か狸かよくわからない生き物が描かれた屏風。

 ただし古い木造建築物特有の渋みはなく、新築特有の新しい材木の匂いがほのかに漂っていた。


 ほんとうに過去の世界にきてしまったんだなと途方に暮れる幸人。

 ちょっとでも気を抜くと非日常の過剰摂取と消化不良でフリーズを起こしそうなので、あえて冷静にこれまでの状況を整理することにした。


 ここは元いた時代からおよそ五百年前の戦国時代の白眉寺。

 吉良星彫門はそこの住職でありご先祖様。

 木屋平ユズ白眉山を守護する地の精霊。

 幸人はとある理由でこの戦国時代にタイムスリップした。


「で、そのとある理由ってなんだよ、彫門じいちゃん。」


 どこかふてぶてしく幸人は尋ねた。


「ちょっとあんた、何よその態度。ご先祖様なんだからちょっとは敬いなさいよ。」


 既に幸人の名前を知っているくせに何かの当て付けかのようにお前呼ばわりするユズと幸人は互いを睨み合う。


「まあまあ、ユズは座っていなさい。それに無理もない。頼んだ訳でもないのに過去に飛ばされた上、二度も死にそうな目に遭わされたんじゃからな。」


 ぷいっとユズはそっぽを向く。

 やれやれと溜息をつく彫門。


「さて、何から話したものか。幸人よ、修験術は知っておろうな?」


 毎日、万才の与太話に付き合っていた幸人に取っては朝飯前の質問だった。


「知ってるよ。神主のように神様を信仰し、坊さんのように悟りを開き自然と一体になることで、陰陽師のようなすごい力を発揮する人たちのことだろ?」


 そのとおり、と彫門は深く頷く。


「よろしい。では、その修験術は何のための力か知っておるか?」


 幸人は答えに詰まった。

 幸人が万才から教えられたのは修験道がどのようなものかということだけで、その力を何のために使うかまでは教えられていなかったからだ。


「何かこう、すっげー力を持った悪と戦うための力とか?」


 当たらずとも遠からずと言う表情を見せる彫門に代わりユズが解説する。


「修験道はね、日本古神道と仏教、それに陰陽道や密教なんかが習合してできたから、その役割の範囲はすごく広いの。例えば、呪術や占い、加持祈祷、悩んでいる人に道を説いたりするお悩み相談みたいな仕事もあるわ。まあ、その時代によって求められる役割は微妙に変わったりするんだけど、一貫しているのは困っている人に救いの手を差し伸べること。よく修験者はよろず屋みたいなものだとか、何を専門にしているかわからないとかいう人がいるけど、それは全くの誤解ね。」


 そう言われてみればそんなことを万才が言っていたような気がしてきた幸人。


 修験道の「修」とは、学問・技芸などを学んで身につけることであり、転じて修めた力を用いること。

 修験者の「験」とは、「験を担ぐ」という言葉が「以前に不思議と良い結果が出た行為を繰り返し行うこと」を意味するように、行動の結果現れる不思議な力のことであり、転じて研鑽を積み重ね得られる特別な力のこと。

 斯くして「修験者」とは験を修める者、すなわち、誰もが手にすることはできない特別な力を手に入れた者たちのことである。

 人は、誰かには実現できなくても自分がそれを実現できるなら、その力を誰かのために役立てようと思う生き物。他を想い自らを鍛えまた他を想う、それが修験道の真髄であり、力を発揮する所以であると。


 幸人の表情から何か想起したことを汲みとった彫門は話を次に展開する。


「既に話したとおり、世は戦国の時代。社会は目まぐるしく移り変わり人々の生活環境も大きく変化した。此れ即ち、修験者の役割も変わることを意味する。祈祷や、災厄を予防する護符の作成など修験者の役割は様々じゃが、特に近年は、修験者に備わる霊的で超自然的な力に注目したある特別な役割が求められているんじゃ。」


「その役割とは退魔、すなわち妖怪退治よ。」


 妖怪とは人の解明できない凶事や恐怖をもたらす存在のことだが、彼らの発生から量や質に至るまでは人々の心的状態に依存する。憎悪や妬み、虚栄心や恐怖心。様々な負の感情が混じり具現するのが妖怪である。


 したがって、人々の負の感情が渦巻きやすい時世であればあるほど、それだけ多くの妖怪が生まれることになる。


「長引く戦乱、重い年貢の取立て、度重なる飢饉。今の日本は怨嗟の声で溢れかえっておる。そんな民の心の闇を利用し糧とする妖怪が膨張することは想像に難くないはずじゃ。しかし、殆どの者は妖怪に対抗する手段など持ち合わせておらん。人間相手であれば刀一振りで十分じゃが、妖怪はそうもいかんからな。蛇の道は蛇。わしら修験者の出番という訳じゃ。」


 戦国時代にタイムスリップした上、危うく精霊に殺されそうになった幸人は、今更妖怪程度で驚いたりはしないが、どうにも腑に落ちない事があった。


「で、その妖怪退治と俺が戦国時代に呼び出されたことに何の関係があるんだよ?」


 ふーっと大きく一息吐いた後、彫門はどこか寂しそうに語りだした。


「ここ白眉寺は悩みを抱えた者達の駆け込み寺のようになっておってな。相談者から依頼を受けるという形で問題解決にあたっておる。しかし見てのとおり、いまこの白眉寺にはわし一人。ジジイ一人で村の平安を守れるほど戦国の世は穏やかではない。まあ、本来ならもう一人青二才の小僧修験者がおって二人体制で対処していたんじゃが、数年前に寺を飛び出してしまってな。代わりの者を探したんじゃが、修験者の力は戦国大名にとっても魅力的。わしらのような小さい寺院が囲えるほど修験者という人材は溢れておらん。とまあ、要は人手不足でほとほと困っておるんじゃ。」


「地の精霊様とやらがいらっしゃるじゃねえか。精霊なんて言うくらいなんだから、それこそ人間百人分くらい活躍するんじゃねえか?」


 幸人は先ほどユズに締め付けられた頭部をさすりながら指摘する。


「いい?私は精霊よ。精霊は自然の象徴みたいなもの。分かりやすく言うとあなた達にとって私は力の結晶みたいなもの。力を何にどう使うかはあなた達が決めることであって、私には関係ないことだもの。」


 全然分かりやすく表現できていない説明に幸人の思考は停止した。

 見かねて彫門が付け加える。


「精霊は、修験術を使うための力である『験力』が集塊したような存在。故に力の結晶と呼ばれる。人ではなく精霊であるユズは、人が人の世界で何かを為す力の源ではあるが、人の世界で何かを為す存在そのものではないということじゃ。」


 幸とはなんとなく理解する。

 家電と電気の関係みたいなものだ。冷蔵庫で冷やすにも、洗濯機を回すにも電気という動力が必要だが、電気自体が物を冷やしたり洗濯したりするわけではない。あくまでそれは家電それぞれの役割であり、電気は単なるエネルギー源でしかない。

 現実に置き換えると、家電が修験者、電気が験力、精霊は験力を包蔵する移動式大容量バッテリーといったところか。


「そういう訳で退路を断たれたわしらは考えた末に禁じ手を使うことにした。この時代で人手を確保できないのであれば、別の時代から修験者を集めればよいと。試しに探りを入れて見たところ、今から五百年後の未来に強力な験力を秘めた修験者の反応があった。結果、お主はわしの修験術でこの時代に招かれたという訳じゃ。勝手を申しておることは百も承知。しかし、ここはどうか先祖供養と思って助けてはもらえんじゃろうか?」


 幸人は返事に困った。


「一つ教えてくれ。そもそも俺は元いた時代に戻れるのか?」


「もちろんじゃ。ただし、申し訳ないが今すぐにとはいかん。時空を超えるほどの修験術は験力の消費量も大きい。験力が回復するまで待ってもらう必要はあるが、必ず元いた時代に返すことを約束しよう。」


 彫門は真っ直ぐ幸人の瞳を見つめてくる。


 頭では、わざわざこんな怪しく危ない橋を渡る必要はないと理解していた。

 しかし、彫門に万才じいちゃんの影が重なり、どうしても、どうしても他人事とは思えなかった。


 幸人は決断する。


「わかったよ。引き受けた。」


 基本的に困っている人を放ってはおけないタイプの人間である幸人は、困っている先祖を放ってはおけなかったのだ。


「おお、引き受けてくれるか!さすがわしの子孫なだけある。」


 飛び跳ねるように喜ぶ彫門。ユズもどこか少し嬉しそうだ。


「荷物運びくらいしかできないかもだけど、俺頑張るよ。」

「何を言うておるんじゃ。お主はいわば即戦力。これからバリバリ活躍してもらうからな。」


 止せやい、とはにかむ幸人。

 即戦力というのが具体的にどのレベルを表しているのかよくわからなかったが、誰かに期待されることに悪い気はしなかった。


「ところでさ、あんたどんな修験術を扱うの?」


 何の気なしにユズは幸人に尋ねる。


「はい?」

「はい?じゃないわよ。あんたはどんな修験術を扱うのって聞いたの。」


「俺、修験術なんて使えねえよ。」


 今度は彫門とユズが、はい?という表情になる。


「そんなバカな!確かにあの時代には強力な力の反応があったぞい。」


 そう言われても使えないものは使えないと返事に困る幸人。

 他にそれらしい人物といえば、万才じいちゃんぐらいしか思い当たらなかったため、とりあえず、万才について二人に解説した。


 万才は五百年後の吉良星家当主で、湯立神楽の術と称して熱湯風呂に飛び込み、火生三昧の術と称して火の上を裸足で駆けまわるような変人であったと。


 しかし、幸人の予想に反して、二人は感嘆の表情を浮かべる。


「すごいわ!湯立神楽の術も火生三昧の術も超上級修験術じゃない!」


「いやいや、実際術が発動してるかどうかわからないし。それに万才じいちゃんは自分で才能ないって言ってたぞ?」


「熱湯に入ってのぼせる程度で済んだ上に、火の上を走っても軽いやけどを負う程度。精霊の力も借りず、己の験力だけでそこまでの効果を発動できることは驚く他ない。それに、才能の有無は問題にならん。長きに渡り己を磨き、力を練り上げた修練の賜物じゃろう。機会があれば一度会ってみたいものじゃな。」


 じいちゃんってそんなにすごい力の持ち主だったのか、と驚きを隠せない幸人。

 近くに寄るほど偉人も普通の人だとわかる、とはよく言ったもので、確かに幸人にとって万才はどこからどう見ても普通のじいさんだったと回想する。


「ぐぬぬ。とすると何じゃ?その時代の反応はお主ではなく、万才のものであったということか。」


「おそらく。」


 どうやら幸人は手違いで過去に連れて来られたらしかった。


「ええい、こうなれば幸人。今からお主を一人前の修験者に育て上げる。手始めに万才殿に習って、湯立神楽の修行から始めるかの?」


「熱湯風呂なんて勘弁してくれー!」


「これ、待たんか。修験術が使えずとも、今は猫の手も借りたいほど。明日からバリバリ働いてもらうぞい!」


 改めて、大変なところに連れて来られてしまったと途方に暮れる幸人。

 どことなくデジタルな輝きを放っていた現代の満月に比べ、戦国の夜空に浮かぶ満月は朧げで霞がかった水墨画のように淡くどこか不安げに幸人を照らしていた。

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