1章 幸福へ転機する日
とあるひったくり犯は、不要になったバッグを人気無い河川敷にぽい捨てしてとんずらした。
陸橋橋桁に近いためにそのバッグなんて発見されるのは時間がかかるだろう。そう見てとんずらをかましたという。
人が通りかかるわけでもなく、そんな空っぽのバッグに興味の涌く人なんていないものと思い投棄したのだった。
陸橋橋桁。土手の下の砂利道。そこには、乞食ならぬ今日もエアーバイト(出勤のフリで外出する行為、その活動)で、この橋桁脇に両膝折って座する青年が一人存在した。
久間陽二郎。29歳。
母子家庭環境で食料制約し生活がままならない。生活保護が必要なくらいの厳しい生活だった。
一人、橋桁で黄昏ながら就職先を考えていた矢先のこと。
不法投棄された空のバッグが土手に転げ落ちてきたのだ。
「誰だよ……こんな高そうなバッグを投げ捨ててさ」
投棄された拍子か、ひったくり犯でも気づかなかった装飾品がバッグ内部からこぼれ落ちたらしかった。
「なんか、中からこぼれてきた。なんだろうな?」
興味を示したのか、光り輝いたソレに接触しだす青年。
「高級そうなブレスレット? 買い取りでも相当の額はするな、こいつは……それでも、又盗りになるから見なかったことに……このバッグと一緒に届けだしたって、俺には一文も入らない気がする。どうしたものか……」
一人問答が始まった。だが、躊躇している場合じゃない。
交番に届けでる。こそ泥を働いて質に入れる。
もうこの二択しかない。それか放っとくしかないだろう。
青年には働き口が今はない。金が必要だから、こそ泥しなければ生活が……生活保護の方法だって環境的に条件は揃っている。だから、こそ泥は良くない。
無理があるのは判る。相当な買い取り額は、オイシイ話だ。汚くても良いから生活安定の額は手元に欲しい。
躊躇いは損失が大きくなる。なら、選択肢は買い取り行為。金の亡者になるしか方法はない。
青年は、オイシイ話に乗ることを決心したのであった。
久間陽二郎が帰宅する時間は、仕事から帰ってくる頃合いに合わせて夜になるという。
「あら……ヨウ、おかえり。風呂沸いてるから、入ってね」
「ん、ああ……後で話あるんだ」
「何を改まって……」
入浴後、食卓についた青年は、母親に退社して退職金と偽って買い取り額の一部を金一封で手渡した。封筒はバイト先の給料袋が余分にあったのを使ってごまかしといた。
「あらら、こんなに……20は入ってるわね」
「母さん……俺、非正規社員で働いても良いかな……。この年で履歴書提出したら、年齢審査に引っ掛かって、運転免許だけじゃ、通用しなくて……だから」
「派遣社員のことね。お母さんのことは心配ないから、じっくり考えなさいよ。働いてさえいれば、大丈夫だからさ」
「母さん、ありがとう」
実は既に工場系の派遣会社に登録されており、今は希望の企業先を待っている途中であった。
なかなか、派遣の営業マンから連絡が来ないので、橋桁で仕事が来るのを待機していたのだった。
今現在、日本円1円に対し外貨はどのくらいするのか興味すらないが、株をするにしても一企業の株価が上がるのか不明だし、投資はやめておこうと肝に命じた陽二郎。
ギャンブル行為だって負けても八卦なので、宛にはならない。
残りのお金の使い道が判れば良いのだが。
貯金したって、すぐに下ろしてしまうから、自信がない。
だから、買い取り額の残りのことは考えるのを止めたのだ。
いや、一つ心当たりはあった。
もうそろそろ、ブルーブリーズロットXの発売日だとネットの広告に告示してあったのを見かけた……。そうだ、明日から発売解禁と騒いでいたのを思い出した。
今までのロットXは外れてばかりだったが、今回は大金ある。これで投資すれば云億円当たりそうな気がしてならなかった。