表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/394

095.かなしみ

息子アトロスは、どこにいるのだろうか?

今、話をした、この相手は一体?


「待てサリシュ。ひょっとして・・・これは本当に、アトロスに、繋がっているのか」

ふと、夫が止めた。

「え? ・・・そのハズよ。・・・他の祭壇使用者に繋がった、とでもいうの? それはないハズよ・・・」

答えながら、サリシュは、けれど、自分に疑問を感じていた。

誰に教わったわけでもない。書物に書いているわけでもない。だが、この方法で、向こうに行ったアトロスと会話できる、と、なぜか、確信している。


どうして? でも、その確信は、揺らぐ事がない。この方法で、“可能”なのだ。

なぜ?

けれど、自分の確信を疑う気も起こらない。

なぜか分からないが、そうなのだから。


一瞬、フと、自分を鼻で笑いたい気分になった。

・・・“ケルベの正体が何か”ですって・・・? そんなこと、どうでも良いのかもしれないわ。私が、ただ、“私であるだけで良い”ように。


それが可能だと知っている。それで充分。

そして、それが今、アトロスを呼び戻すための手段となる。


サリシュは気持ちを引き締めた。左手を握る右手を握り返し、そうして、穏やな口調を選んだ。祭壇に向かって、話しかける。

「あの・・・あなたは、どなた?」

先ほど聞こえた叫び声から、『名前』と思われう部分を使ってみる。

「あなたは、もしかして、『トートセンク』というお名前なのかしら? あの・・・トートセンク、さん。そちらに、私の息子、アトロスが、居ないかしら? いたら、ぜひ、変わっていただけないかしら・・・?」


***


ケルベディウロスが、アトに向かってこう聞いた。

『何が起こったのだ』


聞かれて、アトの体は無意識に震えた。ケルベディウロスは、『何かが起こった事』を、知っている。

「ど、どう・・・」


ケルベディウロスは呆れたような雰囲気で、『ふぅむ』と言った。

『余程驚く事があったか。では、当ててやろう・・・それならば、答えも返し安かろう』


アトはまだ無意識に細かく震えながら、ク、コクン、と、頷いた。

ケルベディウロスには、そのアトの様子に、改めて、尋常でない様を見たらしい。また考え込むような、そして、アトをいたわるような声を出した。

『・・・命の危険でも、感じるようなモノと出会ったか・・・? まさか・・・! 我輩らに会ったのか!?』

ケルベディウロスの声は喜びに輝いた。向こうの世界に自分の仲間の生き残りが居て、アトを驚かせたのかと思ったのだ。


アトは息を飲み込み、それから、フルフルっと細かく首を横に、震えるように振った。

ケルベディウロスは、喜びで少し膨れ上がった体をまた元の大きさにしぼませた。

『・・・うむ』

まるでため息をついたかのような姿だった。


ケルベディウロスは希望をアトに否定されて、黙ってしまった。

沈黙が降りる。


静かになったこの場所に、鈴のような音が、どこかまるで軽く歌うように、細く、伝っていくように、聞こえた。


リ・・・



    ・・・ か ・・・ら・・・


リ・・・



『イシュデン=トータロス=アトロス。お前の母、サリシュが、話しているぞ』


え・・・。

そう言われて、だがアトは、何をして良いのか分からなかった。

感覚は未だにどこかが狂っていて、隣の黒いフォエルゥの息遣いや、自分の皮膚から汗が噴き出す感覚や、そんな細かいことはいやにはっきり入ってくるのに、いつもなら当たり前にはっきり見聞きできるようなものごとを、うまく捕えられずにいた。


『・・・ポケットに何か入れて来ただろう。取り出せ。そのままでは音がよく届かんようだ。』

言われて、アトは自分のズポンのポケットを見た。

そうだ・・・連絡用だと言って、母が手鏡をそこに入れたのだ。

取り出そうとして、アトは、自分の右の義手が壊れているのを見た。アトはしみじみと自分の右の義手を見詰めた。

そうだ、向こうの世界に着いた時、黒いプラムが抱きついて来て、そのあまりの力に右が折れてしまったのだ。


『どうした』

なかなか動かないアトを、ケルベディウロスは促した。


呼びかけられて、アトはケルベディウロスを目だけ向けて見つめた。

義手が壊れていて、と、アトは答えようとした。それなのに、言葉に出すのが難しかった。

なぜか泣きそうになった。

ショックが大きくて、今まで、何とも思っていなかったことすべてについてまで、それらは本当は、悲しく嘆く事だったのだと、まるで、やっと気づけたような、思いだせたような、そんな感覚で。


 ただ 義手が壊れているのを目にして

 だから ポケットの手鏡がうまくとれないんだ という

 ただそれだけのことを言うだけなのに


 どうして





 自分には どうして 腕が無いのだろうとか


 どうして


 腕があったら こんな 折れたりなんて しないし 物が取れないなんて ことも ないし


 どうして こんな 姿なんだろう


 だとか





オ・・・


アトの頭が、髪が、とてもふわふわ、そっとついてはまた離れる、そんな動きを、捕えた。

隣に立つ黒いプラムが、その大きな手で、アトの頭を、包むように、していた。


なぐさめようとしているのに違いない。力の加減が分からないままに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ