表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

93/394

093.ケルベディウロスの介抱

『おぉ! もう戻ったか! どうだ、上手くいったか!!』

とても嬉しそうな声が、野太く響く。


・・・ ハッ ハッ ハッ  ハッ ・・・


『・・・どうした。イシュデン=トータロス=アトロス。・・・パンデフラデ=トータロス=プラム』


・・・ ハッ ハッ ハッ  ハッ ・・・


『・・・』

ケルベディウロスは、荒い呼吸をするだけの、腕の無い少年をジィと見つめた。

つい先ほど、転がり込むように、この世界に戻ってきた少年。よく見れば顔色が悪い。悪いというか、白色だ。血の気が引いている。そう気がついてみれば、汗も浮かべている。

その少年の下には、黒い髪と体毛に覆われた、パンデフラデ=トータロス=プラムが、ベシャっと、前に崩れるように、こけた体勢。

聡明なケルベディウロスは、この二人が意図しない事態に対面したらしいと、その様子で察した。


だが、一体?

ケルベディウロスは、きょとん、とした。


・・・ ハッ ハッ ハッ  ハッ ・・・


『おい、イシュデン=トータロス=アトロス。何をそんなに慌てている。安心しろ、それほど慌てる事など何も無い』


・・・ ハッ ハッ ハッ  ハッ ・・・


だが、腕の無い少年は、逆に呼吸が荒くなってきた。


ケルベディウロスは、その様子を冷静に捉えた。

過呼吸状態に近い。これはまずい。落ち着かせてやらねば。

フム・・・仕方が無い・・・。

ケルベディウロスは背中からたくさん生えている触手を1本に統合させ、それから思い直して、それを2本にわけ、少し腕の無い少年に近寄った上で、その2本の触手で、少年の肩を叩き、背中を撫でてやった。


触手を1本ではなく2本にしたのは、『小さき世界』の人間の腕の数に合わせたのに過ぎない。『小さき世界』に生きる者は、そのように相手をなぐさめ、落ち着かせる。ケルベディウロスは目の前の小さな存在を落ち着かせようとした。


ハッ ハッ  ・・・ ハッ ハッ ・・・・


『大丈夫だ、恐れることは何も無い。落ち着くのだ・・・。大丈夫だ、大丈夫だ・・・』


***


ケルベディウロスの介抱もあって、アトは次第に自分の呼吸を取り戻した。


ハ・・・ッ    ハ・・・ ッ・・・


ポンポン、と、肩が柔らかく叩かれ、時折頭も撫でられる。もう一つの『腕』が、背中を優しくさする。


ハ・・・ ハ・・・ ・・・


ハ・・・・・・


落ち着きを取り戻しながら、アトは、まだ血の気の引いた顔で、目の前の異形のモノを見た。

ケルベディウロス。高慢で高圧的なものの言い方をする、ちょっとイヤだな、なんて思ったりした、変わった姿の、存在。

トンボの複眼を思わせる・・・実際、複眼なのだが・・・大きな数々の目が、自分の姿をジィっと映していた。大きな口から上向きに牙が突き出し・・・とても奇妙な。

だからこそ、あまり親しみの持てない姿。いや、それは、会話の印象が良くないからで・・・


なのに、こんな風に、優しく穏やかに自分を落ち着かせてくれる、とは。


意外な気持ち。

けれど、つい先ほど知り合いになった状態で「意外」もなにもあるハズはないのに。


自分は。

この相手は、自分の欲求を押し付けてしかも偉そうで。決してこんな風な優しさを持っているハズがないだろうなんて、知らず思い込んでしまっていたのだと。こんな状況になって 気付かされる。

ケルベディウロスは、こんな振るまいもする存在だったのだ。


『それにしても、一体どうしたのだ』

言葉を発することを忘れた状態のアトを、ケルベディウロスは心底不思議そうにつぶやきながら、落ち着いたアトから、2本の触手をアトの脇に移動させ、その結果、アトを軽々と持ち上げた。


「えっ」

驚いたアトから声が出た。宙に浮いたために驚いて足をばたつかせて・・・黒いプラムを蹴飛ばした。

オゥ・・・!!

「あっ!! ご、ごめん!」


ケルベディウロスは、黒いプラムの横に、アトを移した。

アトは気づいていなかったが、アトは、前のめりにこけた黒いプラムの背中の上に、ずっと乗っていたのだ。

「ごめ・・・ん! だいじょうぶ・・・・?」


オゥ・・・


ゆるゆると起き上がろうとする黒いプラムを、ケルベディウロスの2本の触手が助けていた。優しく、丁寧に。

驚きをもって、アトは、その光景を眺めていた。


***


イシュデン、隠し部屋にて。


青い輝きを放つ祭壇を前に、イシュデン=トータロス=アトロスの母であるサリシュは言葉を選んでいた。


呼びかけたのに、アトからの、返事が無い。そして、誰からか分からない呼びかけが、幾度もなく聞こえてきた。「あなたは?」と。


サリシュの隣に、夫であり、アトロスの父であるイシュデン=トータロス=イングスがいる。疲れが色濃く出ている顔つきで、けれど鋭い目線で、祭壇の光を、見つめる。

イングスは、息子を迎えにきていた。


夫の姿を見た時に、物事に没頭しすぎる傾向があるサリシュは、「あっ」と思いだしたのだ。

もう朝なのね! 私、アトに連絡を取ってないのに! もうこんな時間なんだわ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ