092.ヤリ
セフィリアオンデスは目を開けた。
頭頂部、『第一の耳』でのみ受信可能。
めったに音を拾う事は無い、未知の領域を捕えるとも言われる耳。
その耳のみが、拾った声。
何? 誰だ。
セフィリアオンデスは、未だ白い粉じんが舞う、破壊された第五世界の景色を、その大きな目で睨む。
誰か、見えない何かが、居る?
居るとしたら、誰。どんな立場の者。
***
アトは、固まった体を、ググっと、ようやく、動かした。
隣に、黒いフォエルゥこと、プラムが・・・槍で、体を、貫かれて・・・。
自分のズボンの右ポケットから、母の声がしている。母の手鏡から、聞こえるのに違いない。
『あの・・・あなたは、どなたなのかしら・・・』
不思議な事に、上空で・・・翼を持つ・・・槍を放った・・・白い人が、母と、会話していて・・・。
手に、自分が落とした、母のターコイズのペンダント・・・。あぁ、あの人が、拾っていたんだ・・・。
ドッドッ・・・
アトは、自分の心臓の大きな音を聞いた。
「・・・キミ・・・ね・・・ぇ・・・だ・・・だ・・・」
大丈夫、と、隣のプラムに尋ねようとして、声が、出ない。
槍が、その体を貫通し、切っ先が大地に深く刺さっている。
「キミ・・・あ・・・」
オ・・・
プラムが、ゆっくり、アトの方を向いた。
「だ・・・だいじょう、ぶ・・・?」
見るからに、大丈夫ではないと、分かるのに。
オ・・・
だがプラムは、先ほど教えた動き・・・、アトに右手をあげて見せた。
“うん、そうだ” という動き。
“大丈夫”
「え・・・だ、だいじょう、ぶ・・・?」
プラムはさらに、右腕をあげてみせた。
オ・・・
「え・・・ケガ・・・は・・・」
その、ヤリは?
オ・・・
プラムは、今度は左の腕をあげてみせる。
“ちがう”
ちがう・・・つまり、ケガなどしていない、という、こと・・・?
ズリっと、アトは座り込んだまま、隣の黒いプラムににじりよった。
ヤリを、触ろうとする。右手の義手は壊れている。左手のみで、触ろうとする。
「この・・・これ・・・」
オ・・・ゥ・・・?
黒いプラムは、不思議そうな、声を出した。
「痛く、ない・・・の?」
左の義手でヤリを辿ろうとして、アトは気づいた。
ヤリは、黒いプラムを覆う長い体毛こそを貫いているだけで、体から、離れた場所に刺さっている。
黒いプラムは、案外、細身なのだ。いや、つまり、太っているわけではない。見た目こそ刺さっているように見えるだけで、実際、ヤリは外れている。
「よか・・・った・・・・」
無事であった事を確認して、逆に、アトの体は恐ろしさに震えた。
一体、何が・・・。いや、自分たちが、何かを、してしまったのだろうか。
アトは、まだショックで思うように動かない体を、ググっと動かし、すぐ前を見詰める。
金茶色の、瞳の人が居る。アトたちを、目を見開いて睨みつけている。
すぐ上から、落ちてくる、「音」のような、声。背中に翼を持つ人だ。
アトは、ググ、と、見上げた。
かつてなく近くにいた。号泣していた。手に、母のターコイズの宝石。それに向かってまるですがるように泣いていた。
あ・・・
同調してアトにも悲しみがジワっと広がった瞬間、アトはしかし、ゾクっと身を引いた。
翼を持つ人の、背後上空。無数に、ヤリが煌めいているのを知った。
バラバラと、列を乱し、ゆらゆらと、揺れている。冴え冴えとした、光さえ放って。
すべて、矛先が、下に・・・まさか、こっちに・・・?
逃げな、ければ
リ・・・ン・・・
『あの・・・ごめんなさい、私、息子と連絡がとりたいのだけれど・・・。アトロス・・・私の息子、そこに居るのかしら?』
ふっと、アトは、背中に翼を持つ人と視線があった。
ガラリと、上空の無数の槍が大きく揺れ合い、音を出した。
***
グォオロン・・・・
セフィリアオンデスの耳に、そんな風に、聞こえた。
どこか遠く、奥深く、気味悪く響く。反響する音がたくさん集まった、つかみ所の無いくぐもった音。
驚いて、上空、音がした方向を見あげる。
槍! 恐ろしい数!
空に並び、ぶつかり、こすれあい、音を発している。
ガロ・・・ン・・・
セフィリアオンデスはゾっとした。
瞬間、パッと、目だけを動かして、前に座り込んでいる、第三世界の住人の姿を捉える。
彼らは上空の槍を見つめ、しりもちをついたまま、後ろに引こうとしていた。
瞬時、また天の槍の群れに目を戻す。
また瞬時、自分の傍ら、上空の、トートセンクに視線を移す。
トートセンクは、ひどく不自然にさえ思う、とても滑らかな動きで、ゆっくりと第三世界の人間に目を移したところだった。
まずい! 槍を、放つ気だ!!
セフィリアオンデスは、自分の生命の危機さえも一瞬で感じた。
こんなに、大量の、槍の群れ!
一瞬で視覚で想像してしまった。
たくさんの無数の槍がまるで豪雨のように降り注ぎ、第三世界の人間たちも、この自分も、それに幾多にも貫かれて終わる。
そうして、ボロボロになった大地!
ゾクっとした。体の中核が、恐れでギュっと縮こまったような感覚。
「だめだよ! トートセンク!」
彼女は、考えるよりも先に叫んでいた。
「だめだよ! 自分の場所を、自分で壊す気!?」
えっ
セフィリアオンデスは、自分の言葉に驚いて、続く言葉を飲み込んだ。
ガ・・・ロ・・・ン・・・
ロ・・・ン・・・
トートセンクは、動かない。
セフィリアオンデスは、必死に心で呼びかけていた。声は、出せない。刺激になる。
早く、逃げろ、早く、『アト様』、黒いの・・・!
動いた音。
「こっ・・・」
オ・・・
引きずる音・・・
***
「セフィリアオンデス」
静かで、けれど、よく通る声、囁くように小さな声で、トートセンクはこう呟いた。
「お前のせいで・・・逃したのだぞ・・・」
「うん・・・。あのさ・・・」
セフィリアオンデスは、未だ緊張の残る、乾いた声で応えていた。
「お願いだからさ・・・その、たくさんの槍、消してくれないかな・・・。怖くってさ・・・」
トートセンクは、静かに静かに、天を仰いで言った。
「それは出来ない」
天に乱れ在る槍の群れ。
「これは、私のものではない。先達の、戦いの槍なのだから」
セフィリアオンデスは、思った。先ほど、自分が無意識に口走ってしまった言葉が、真実味を帯びる。
だからじゃないのかな、トートセンク。
だから、この世界は、『時間を止められて』しまったんだ。




