089.トートセンクの変化
トートセンクは、遠くから異世界からの侵入者の様子を見詰めていた。
なぜ、何度も迷い込んでくる。しかも、なぜこの場所に?
同時に、トートセンクは、己の変化にも気づいていた。
あれほど追い払っていた自分が、留まって様子を見ている。いっそ、迎えた方が良いのだろうかと、迷ってさえいる。
・・・彼らは、セフィリアオンデスと同じように、友好関係を結ぼうとしてここを訪れるのか?
「なんか、あのコたち、未知の世界に来てるってのに、平和だよねぇ。ていうか、良いの? アンタ、この場所大事じゃないの?」
傍であぐらをかきつつ、同じく崖下の向こうの光景を眺めているセフィリアオンデスが感想を漏らす。
トートセンクは冷たい視線をセフィリアオンデスに投げかけた。
お前に言われなくとも、と、態度に出たらしい。ケッと、セフィリアオンデスは悪態をついた。
どれだけ失礼で傲慢、とセフィリアオンデスがブツブツ毒づいているのを放って、トートセンクは、迷い込んだ2人の元へと、飛び立つ。
「いや、だから。行くなら行くって、一言、言いなってば」
セフィリアオンデスの呟きは耳に入らなかった。
***
空から風が吹いた。
アトが見上げると、白い服に、黒い帯、背中に羽をつけた人が上空に留まってこちらを見下ろしていた。
「あ」
アトは動揺した。正直、遠目だが、白い人の真顔が怖い。
ウォ
隣で、黒いフォエルゥ・・・本名、パンデフラデ=トータロス=プラム、らしい・・・も、アトにつられてか動揺したような声を出す。
そうだ。一番初めここに来た時、あの白い人、ヤリで、黒いフォエルゥ・・・じゃなくてパンデフラデ=トータロス=プラム・・・を攻撃しようとしていたんだ!
どうしよう、守らなくては!
アトはとっさに黒いプラムの前に立ちはだかった。
ウォ
後ろで、黒いプラムが動いている気配。
上空から、白い人が声を掛けてきた。
「お前たち。何をしにここに来るのだ」
「え・・・と、人を探してて・・・・」
答えてアトは思いだした。そうだ、人を探しにここに来た。
アトは声を張った。
「あの、女の子。ツォルセティーナっていう名前の、女の子、見ませんでしたか」
「見たが」
上空から、真顔のまま、答えが降ってきた。
「えっ! ・・・良かった!」
ほっとした。思った以上にアトの体から力が抜けた。
良かった、これで、皆、安心する。父も、母も、外から来た商人も、デルボも、グィンも、サルトも、メチルも、マチルダさんも・・・泣いていたクリスティンも。テルミさんも。ロバートさんも。
皆、これで安心できる・・・。
「どこに居ますか? 皆、探しているんです! 僕、一緒に帰ります! 連れて帰るために来たんです!」
***
セフィリアオンデスは耳が良い。耳は、体の頭頂部、額、胸、腹、膝、と5つ(両膝の耳はまとめて1つと数える)ある。それら全て感度が良い。
ちなみになぜ耳が体に5つあるか、だが、そういう体なのだからなぜと聞かれても困る。
例えば、第三世界の人間がそれを奇異に感じ、耳の数について問うたならば彼女たちは迷いなく尋ねるだろう。
いやむしろ、なんであなたたちの耳は二つしかないのですかと。
あなたがたは二つの耳にまとめちゃってたら、音を混乱して拾ったりしないのですかと。
5つ耳があるから、どこからの音か、誰が発した声かを細かく繊細に把握する事が出来るのに。
さてそういうわけで、非常に耳の良いセフィリアオンデスは、崖の上であぐらをかいた状態で、遠くトートセンクと、第三世界の住人の会話を聞いていた。
だから第三世界の住人が「人を探しに来た、ツォルセティーナという女の子」と話した時、彼女は一人その大きな金茶色の見開いて驚いた。
ツォルセティーナ。
クリスティンが、一生懸命、探して欲しいって、お願いした子だ。ダロンじゃない子。
そうだ、クリスティンは、あの小さい方の子の事を「アト様」と呼んでいた。
クリスティンとあのアト様って子は知り合いだ。そうして二人、同じコを探している・・・。ツォルセティーナ。
セフィリアオンデスは崖の上、あぐらを解いて立ちあがった。
会話に参加しよう。あの、無口で不敵な態度の有翼人種が、的確な情報をあのアト様って子に伝えてやるとは限らない。アイツ、トートセンク、別に悪気はないのだろうが、極端に情報を伝えようとしない。『言葉にしなくてもそれぐらい分かるだろう』などと無意識に思ってでもいるのだろうか。
ツォルセティーナ。
確かに一度接触はしたものの、今また、彼女の行方はつかめない。この世界の住人、トートセンクでさえ掴めないのだ。
あれ、でも、なんでだろ?
ふとセフィリアオンデスは疑問に思った。
これほど、皆が一生懸命探しているのに、消えちゃうなんて?
セフィリアオンデスは、ツォルセティーナと知らず一緒に行動していた時の感覚を思い出していた。
どこか繊細で・・・。どこかしょんぼりと・・・自分も、なってしまっていたような。
無性に悲しくなっていた、ような。
何に対して? 自分が迷子になった事に対して?
でも・・・何か、違う。
自ら、消えたいと、姿を、消したのではないのかしらん。
あっ、と、セフィリアオンデスはその考えに驚いた。
迷子になりたくて、姿を消した、女の子。
もしそうなら。
思った以上に、見つけるのが難しい。
見つかりそうになったら、見つからないように、逃げてしまいそうだから。
だけど、もし、本当にそうなら・・・・なんでそんな事になっちゃってるんだろう?
自ら、逃げよう、隠れようとする、その理由は、一体どうして?
セフィリアオンデスは、立ち上がったまま、ツォルセティーナが消えてしまった空を見詰めて、呟いた。
「ツォルセティーナ、アンタ・・・一人でいたいの? なんでかなぁ? どこに居るか分からないけど、さびしくないのかな。さびしくないなら、良いけど・・・」
みんな心配してるよ、という言葉は、心の中にのみ留め置いた。
その「みんな」から逃れたくて、手の届かない場所に身を置こうとしているのかもしれないのだから。




