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087.話して欲しい。一方のアトたちは。

クリスティンの部屋は、階段を2つ上がった最上階だ。

夜にはしっかりと階段に蓋がされてしまう。クリスティンの部屋に勝手に入れないように。


それはクリスティンが3歳の時に迎えた運命の日から以降のことで、父ロバートも母テルミも、クリスティンが石見の塔の老婆から何か秘密のものを渡されたのだと察していた。


それとなく確認してみようと思ったけれど、暴くようなまねもしたくなかったし、いつか、きっと、打ち明けてくれるに違いない、と- とくに母であるテルミは信じていた。

だから、時折、明らかにクリスティンが何かを隠す場面に出会っても気付かないふりをしてきた。彼が自発的に見せてくれることを期待していた。


夫ロバートは、息子クリスティンについて、秘密を持っていることを見守っていてやろうという。


確かにそのような愛情もあるとテルミには分かる。

けれど今、話してくれないことを、悲しく辛く感じる事をどうすることもできない。


息子は、とても小さなうちから、自分たちには理解できない手の届かない難しい何かを知ったのではないかとテルミは思う。

親の理解が及ばないことだから、息子は秘密としてしまいこんでいるのかもしれない。


そう、誰にでも秘密なんてものはある。


けれど、と、母テルミは思う。

3歳という幼さで、すでに秘密を持ってしまうなんて。

あんまりだわ。私の子なのに。

3歳という幼ない時から、もう手が届かない部分を作ってしまった。


夫がそんな自分に諭すように話す。

今日は、その穏やかな口調が、まるで理解の低い自分を導く教師のような口調にさえ聞こえ、余計に悲しい。


夫は話す。

誰もが、生まれた瞬間から、一人一人違うのだから。

生まれた瞬間から、皆、何かしら、自分でも気付かず秘密を手にしていくんじゃないかな。

クリスティンは、ただ、はっきりとした秘密を持っているに過ぎないんだよ。

きっとね。


泣く。泣こうと思わずに泣いている自分。

秘密を持つことは仕方ない、それは分かるのだけれど。


けれど、ただ。自分は息子に伝えたいのだ。


クリスティン。

もしかして、あなたの抱えこんでいるものは、いくら頑張っても自分たちの理解が及ばない事なのかもしれないけれど。

けれど、あなたが本当の事を話してくれているのだと疑いはしない。

何を話しても、どんな話であっても、私はあなたを信じます。


あなたの気持ちが少しでも楽になると良いと願っているの。


話しても理解してもらえそうにないお話であっても、分かってもらおうと努力する事で変わる何かが、きっとほんの少しでも、あるはずなのよ。


そうしないと、何も始まらないものだって、あると、思わない?


***


アトたちはなんとか「出入り口」をくぐりぬけていた。黒いフォエルゥが通れるかが心配だったが、問題なかったようだ。


『待っていたぞ!』

途端、ケルベディウロスの大きな声が空間に響いた。

『さぁ・・・ ・・・・・・!』


ケルベディウロスは、自分たちの正面にいた。その大きな体を膨らませていた。だが、急に言葉を飲み込んだように言葉を切って、こちらをたくさんの目で見つめている。アトは不思議に思った。


『・・・』


何か、変だなぁ。

そう思ったが、ケルベディウロスの高圧的なものの言い方にはちょっとうんざりしていたし、また怒り狂われても困るし、何かでまた長く足止めされても困るしなぁ、と、アトはケルベディウロスの様子を放っておくことにした。


「・・・えぇと・・・別の場所に、案内してくれるんですね・・・?」

『・・・・・・あぁ、そうだ』

ケルベディウロスは、ゆっくりと体を動かして正面の大きな口から長い舌出し、それをまるで手のように動かして、アトの右の方を示した。


やっぱり、何か、変だ。

そう感じながら、アトは黒いフォエルゥを連れて示された方に歩み、キラリと光ったその中へ、まず顔だけを外に出した。

「・・・誰もいないみたいです」

顔だけ出して様子を伺ったアトは、ケルベディウロスを振り返り、告げる。


『・・・。・・・そちらはどうだ』

やっぱり妙に大人しいケルベディウロスに内心首をかしげながら、アトは、新しく示される出入り口から顔だけを出して・・・を数回繰り返した。

そして、ついに、人影の見えた出入り口にあたった。

「あっ! 行ってきます!!」

アトが思わず喜んで声を出し、隣の黒いフォエルウに行こうと動きで伝え、ケルベディウロスを振り返った時・・・。


ケルベディウロスは、なぜだか、とても優しい雰囲気で、穏やかにその全ての目で自分たちを見つめていた。

『行ってこい・・・イシュデン=トータロス=アトロス。パンデフラデ=トータロス=プラム』


誰かの名前を耳にしながらアトはその出入り口を、黒いフォエルゥと一緒にくぐり抜けていた。


***


白い、大きな山と、小さな山がたくさんある場所。

少し見上げる崖の上に、大きな翼が見える。


「キミの名前・・・・ひょっとして、パンデフラデ=トータロス=プラム って言うの?」

その場所に降り立ちながら、アトは隣の黒いフォエルゥを、見上げて尋ねた。


オ・・・

黒いフォエルゥは、アトの問いかけに、確かにそれに応えた。

けれど。肯定なのか、否定なのか、そのどちらかなのか、アトには分からなかった。


アトはじっと黒いフォエルゥを見詰めた。


オ・・・


もし、黒いフォエルゥがその名前を肯定しているのだとしたら。

この隣に立つ黒い大きな存在は、間違いなく、自分と同じ人間で。つまり、たまたま居合わせた、別の世界から来ている人、というわけではなくて。自分と同じ、「大陸」から、ここを訪れている人で。

そして、『トータロス』という名前を持つのなら、パンデフラデという土地の、領主の血筋に当たる者ということで。


「キミは、僕のこと、知ってるのかな?」

なんとも不思議な気分がして、自分でも良く分からないまま、アトはそんなことを口にしていた。


オ・・・


黒いフォエルゥは応えた。けれど、やはり肯定か否定か、そのどちらなのかが、アトには掴めない。


アトは首をかしげた。

どうして、黒いフォエルゥとは、言葉が通じないのだろう。


・・・フォエルゥ(イシュデンにいる本物)とは、言葉が無くても、気持ちが分かるのにな。


言葉が通じるはずだ、なんて、思っちゃったから、だろうか?

言葉に頼ろうとして、気持ちも分からなくなってしまうんだろうか。

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