085.ため息
セフィリアオンデス。そう、それが私。ここは・・・そうだ、私は第五世界に居る。
体が動かない。
「返事をしろ。声を出せ。エネルギーがまだ足りないのか。だが過剰摂取も危ういはずだが。返事をしろ! セフィリアオンデス!」
言葉を出しかけて出し方が分からず、言葉をだそうとして唇が動き、あぁ、そうだ、体はこのように動くのだったと思いだし、そうしてようやく小さな声が漏れた。言葉が出た。
「・・・ぁ」
「気がついたか。どうだ。まだ寝たままでいろ」
「・・・あー・・・」
セフィリアオンデスは、自分の状況を確認した。目の前にいるのは、トートセンクだ。ここは第五世界で、あぁ、そうだ、私、力尽きてここを離れた・・・と思ったけど、まだ力が残ってたんだな・・・まだここに居る。
「やはり、もう少しエネルギーを足した方がよいか。手は出せるか。これを持ってみろ」
「・・・」
手を動かそうとする。腕の動かし方。指先がピクリと動き、それを始まりとして腕に動きが広がる。動かし方を思い出す。
自分の体。
ゆっくり動かした両腕に、「落としても構わない。お前の言う『茶』だ。」そう言われながら、丸い何かを渡される。
渡されてから思い出す。そう、これは、前にもらった『茶』―エネルギーの入った器だ。宙に浮かぶほどに軽いことを知っている。だが、今の自分には、取り落としそうで、わずかな重みでさえ手が震えた。
トートセンクが、自分の手が震えるのを見て、補助の手を器に添えた。
どうするのだったか、この『茶』。たしか、そのまま、飲もうとするだけで良かったような・・・。
セフィリアオンデスは、ゆっくり腕を動かし、器に口をつけた。スィ、と、エネルギーが流れ込んできた。生きているという感覚と実感が体の芯を走り、満たしていく。
「あー・・・。トートセンク」
すっかり活力を取り戻して、セフィリアオンデスははっきりと言葉を口にした。
「ごめん、あ、また、会ったね」
バキィッ!!
先ほどまで補助に添えられていたトートセンクの手が、セフィリアオンデスの面前にある空の器を叩き割った。
げ、何か、怒ってる。
***
とりあえず安堵している自分に調子が狂う、と、トートセンクは仏頂面で思っていた。
だが、再びエネルギーを取り戻し、はっきり声を出し、動き出したセフィリアオンデスに安心した。
セフィリアオンデスの存在が急に薄く弱くなるのに気付いて、急ぎ向かった時。到達前に気が付き、スミカのエネルギーを取りに行った。
自分で作る時間が惜しくて、今まで大切に残していた先達の『器』を使った。必ず戻る決意の表れとして、先達たちが宙に残した大切な『器』だったが、時間の方が惜しかった。
それらに注いだエネルギーを携えてセフィリアオンデスの元に到着した時、セフィリアオンデスは明らかに活動するエネルギーを消失していた。
けれど、まだかすかに『生きている響き』が残っていた。急いで、エネルギーを取りだすため器を割った。喉元付近に注ぎ垂らした。
幸い手遅れでは無かったらしく、セフィリアオンデスの体はエネルギーを吸収した。
持ってきた器をまた割り、今度は額に注ぎ垂らす。次に腹に。
『生きている響き』が強くなる。
まだ足りない様子で、目を覚ませと顔にかける。強く名前を呼ぶ。名前は『個』を認識させる。意識を戻させる強力な方法だ。
そうしてセフィリアオンデスは、戻ってきた。間に合った。
戻った瞬間、こちらを苛立たせるセリフを吐く。
『また会ったね』などと。一度別れた状態があって言うセリフだ。
本人摂取のため割る必要がなかった先達の器を、腹が立ったために割ってしまった。
それでも、腹を立てながらも、戻った事自体には安心している自分がいる。
我ながら、弱くなったものだ。と、トートセンクは思った。
それにしても。あと2日と、コイツは言っていたのだが。こちらのエネルギーを補給すれば、長く居れるのではないのか?
「えーと、とりあえず有難う? トートセンク」
礼を言うのが妥当なのかと首をかしげつつ、セフィリアオンデスが言ってきた。
彼女にしてみれば、あのまま元の世界に戻っても全く構わなかったのかもしれない。
トートセンクは無言だった。
礼など受け取れなかった。なぜなら、ただ、自分がまた一人になりたくなくて、呼び戻した・・・引き止めたに過ぎない。それを自分で分かっている。
「よいしょ」
セフィリアオンデスは上半身を起こした。
もう動くのか、と、顔をしかめたトートセンクに、セフィリアオンデスはあぐらをかきつつ、言った。
「ごめんごめん、なんかさー、さっき、本当にもうこっちを離れたと思ったよ。自分が上から世界を見ててさ、どんどん上に上にあがっていくんだ。不思議な感覚だった。この世界と、自分が一緒になっちゃう感じで・・・私が思った事は、もう私が思った事じゃなくって、世界全体が感じた事で・・・『私』って感じが無くなってくんだ。それが当たり前で、本当の事なんだ・・・そんな感覚だった」
「そうか」
「ごめん、悪いことしたね」
「・・・」
どれについての詫びだろう。
「あと2日いるって言ってたのに、悪かった。自分で気付かなかったんだ。・・・ごめんね、ホント」
「・・・」
トートセンクは、ため息をついた。
「ごめんって。ホントごめん。で、戻してくれたんだね。ありがとね」
「・・・いや」
トートセンクはまた息を吐いた。息を吐いたら、肩の位置が落ちた。肩に力が入っていた事を知った。
謝るのはこちらの方かもしれない。自分の都合で、戻したのだ。
だが、それを口にするには、まだ自分が、他者への親しみに慣れていないように思えた。
もう一度ため息を吐いた。
そうしてやっと口にできた。
「すまない。こちらが、お前を無理やり戻した」
セフィリアオンデスはキョトンとした。大きな金茶色の目で、じっと見つめた。
それから、その目を細めて、楽しそうに笑った。あぐらを両手で抱えながら。
「なんだ、トートセンク。それでそんな顔してるワケ? せっかく長い年月かけてコッチに来たんだ、もうちょっとこっちに居れて嬉しいよ、ホント良かったよ」
トートセンクはまた軽く息を吐いた。そうして、やっと少し微笑んだ。
それがセフィリアオンデスの本音ならありがたい。
そして、目の前のこの訪問者は、本音でモノを話す性格だ。
戻ってもらって礼を言うべきは、自分なのだが。
そう思ったが、どうも、それを口に出せなくて、トートセンクは軽くため息を吐いた後、視線を上空に彷徨わせた。
「一つ、可能性に気付いたのだが・・・」
キョトンと不思議そうなセフィリアオンデスに、トートセンクは提案を持ちかけた。




