082.異変
「え、どうしたの」
とアトが黒いフォエルゥに尋ねるのを、
「触れるな。あまり感心しない」
と、翼を持つ人が言った。
「左は良いが、右は良くない。敵意が高い」
「え・・・?」
敵意? アトは、その表現に内心首をかしげた。
とはいえ、義手が割れて危険な状態であることは間違いない。帰ったら、サルトに直してもらわなくちゃ・・・
オ・・・
黒いフォエルゥが、そうっと、アトの肩を触り、それからその大きな黒い手で、腕に触れようとする。
割れた義手を、確認したいのだろうか?
「どうしたの? ・・・そうだ、キミ、ケガは・・・」
「そちらを触るな。お前には合わない」
いつの間にか翼を持つ人がすぐ傍に来ていた。ため息をついて、流れるような動きで黒いフォエルゥの左腕を掴んでいた。黒いフォエルゥの左手が、アトの右の義手に触れないように。
オ・・・
ゆっくりと、黒いフォエルゥが身を震わせて、自分の掴まれた左腕を、そして、自分の左にいる翼を持つ人を見つめた。
***
掴まれた腕に驚いた。今まで自分の体に触れてきたものは居なかったから。
ぼんやりとしか見えない。けれど確かに自分に向かって話す誰かがいる。
誰だろう。
ぼんやりとしか見えない。けれど・・・その人の背中に、光る羽がついている、そんな風に見えるのは・・・。
神様?
昔 小さい頃に 司祭さまが話して聞かせてくれた。
司祭さまはいつも帰る時に言っていた。「神の祝福を」
神様が、自分に会いにきてくれたんだろうか。
そうだ 神様はたった一人、淋しい思いをしたことがある。
だから 淋しがっていたら 気持ちを分かってくれるんだ。
自分に会いにきてくれたんだ。
一方で 自分が右手に掴んだ棒が気にかかる。
そう
これは・・・自分に一番に触れてくれた・・・神様よりももっと早くに語りかけてくれた・・・小さな人の、腕・・・。・・・腕の代わり・・・?
そう、確かに、つかんでいるこれは腕ではない。先ほど折ってしまったのも・・・腕ではなくて、腕の代わり・・・。
この小さな人は、腕が、無い?
誰かが 自分に一生懸命に語りかけていなかっただろうか。止めて欲しいと 助けて欲しいと。
・・・あれは・・・夢? ただの幻?
腕を失った少年を 止めて欲しいと。世界を壊してしまうからと。
この自分に、頼んだ姿は・・・ただの自分の見た夢だったのだろうか。
右手に、少年の腕の代わりの棒。
左手をつかむ、神様の手のひら。
息を吸って、吐き出す。
息を吸って、吐き出す。
大丈夫。この二人なら、自分の話を、きっと聞いてくれる。
きっと、一緒に考えてくれる。
***
セフィリアオンデスは焦っていた。
マズイ・・・ヤバイー!!
未だ、この第五世界の住人たちが時間を止められてしまった光景を見つめる事の出来る、あの崖の上にいる。
好きでここに留まっているわけではない。体が動かなくなったのだ。
突然重くなった体の中で、セフィリアオンデスの意識だけが活発に動いていた。
なんで急に・・・あと2日あったハズだろー!!!?
待って ちょっと待って
大体、いくらなんでもこんな急に動かなくなる?
ちょっと待てよ、待って、あ、待てよ、
もしかして、あれか、やっぱ、あのスミカの床で何回も落下したから・・・
待って、もしかして、
あれで本当は力尽きてたんだけど、あのあとの『お茶』で生きながらえてた・・・ってコト!?
そういうコト!?
待って、待って、いやだからってこんな急に力尽きる!?
えー、そっか、でも、『だんだん弱っていく』のと、『ギリギリまでMAXで動いていて急に終わる』のと、どっちがいいって言ったら、私、やっぱ最後まで好きに動いていられる方が良いし、納得といえば納得なんだけどさー
でもさー
えぇ? ちょっと待ってよ、あぁ、このまま私、ここを去るのか・・・
アイツ、大丈夫かなぁ、泣かないかなぁ・・・ まぁ泣きはしないか
えぇー
でもさぁ、こう、大丈夫かなぁ・・・
このまま、この世界はなれて、大丈夫、かなぁ、 アイツ、 トートセンク・・・・・
ごめんねぇ
もっといれたら良かったね
でも時間みたいだ
ごめんね
また頑張って来るからさ
元気で 過ごしててよね
遠くても 気にかけてるよ
アンタがそれに気付いて 心強く思ってくれたら嬉しいよ
なかなか会えなくても 皆であんたを 思ってるよ
元気でね
まぁ でも 最後ちょっと仲良くなれて 良かったなぁ・・・て・・・・
***
異世界の住人の腕を掴むなど。
この世界の唯一の生き残り、背中に翼を持つエクエウという種族の一人、その名もトートセンクは、自らの行いに呆れる思いだった。
一方で、そんな動きをしてしまった理由を、トートセンクは知っている。
セフィリアオンデスと話したからだ。
友人になろうと言ったセフィリアオンデス。友人となったのか、トートセンクには分からない。だが、対等に聞き、話した。
そのことが、自分が思う以上に、自分の気持ちを変えてしまったらしい。
我ながら、単純なものだな。
トートセンクは、ため息さえつきたい気持ちだった。
ずっと感情が動き出さないように止めてきたのに、こんなにすぐほどけてしまうとは。
こんなことでよいのだろうか、と、トートセンクは迷っている自分を感じた。
なぜだか、気持ちをほどくと、自分が弱くなっていくような気がするのだ。
今まで、強く・・・少なくとも自分が持つ気高さを・・・保っていられたはずなのに。
今まで貫いてきた姿勢を、変えてしまうこと。それが良いことなのか、トートセンクは分からないでいる。
何かを自分が恐れているのを感じる。だが一体、何を恐れているというのだろう。




