080.パンデフラデ領主と息子
花の都パンデフラデ。
いつからか降り出した雨が、激しく夜を殴っている。
パンデフラデに、このような豪雨は珍しい。
領主の館の執務室の窓から、パンデフラデ領主のソラは暗闇を見詰めていた。
嵐の前触れか?
領主ソラは、どこか自嘲気味に一人笑った。
この俺の気分を、天が汲み取っているのか?
ひどく陰鬱な気分は、今朝の、老師ミトの訪問のためだ。
なぜミト師は、兄と関わろうとしている。今更、何を考えている。
一人、執務室で酒を口にしながら、全く酔わずにジィと暗闇を睨む。
そんな中。
「父上。こちらですか?」
コンコン、と、折り目正しく扉がノックされた。
「入れ」
と、
ゴンガガガ・・・
側用人に開けてもらった扉をくぐりつつ、手に持つ諸道具を扉の枠に当てながら、息子のイズマが入ってきた。イズマは、荷物を抱えつつ、天井を見上げつつ言った。
「あー。天井に、キズが・・・」
「馬鹿息子め!」
父であるソラは、睨みつけた。
「気づいたならその荷物をおろせ! なんだそれは!」
ズガガガガ・・・
逆に高く荷物を持ち直して、天井の飾りにも荷物をこすりつけながら、イズマは部屋の中央の応接セットに進み、ソファーにドサバサァっとその荷を落とした。
馬鹿な動作に関わらず、息子は品よく笑顔を見せて父に答えた。
「御覧の通り。明日にお越しになる、教皇の子どもさんたちの、歓迎の材料です!」
予定では、明日の夕方から、司祭たちのトップである教皇の、その子どもたちがこのパンデフラデに遊びに来る。
イズマは、来客を大歓迎するのが大好きだ。準備をいつも率先して行い続けている。
それは良い。それは良いが。
「お前・・・。何故ここに運ぶ」
イズマはにこやかに、暗がりの天井を見上げた。
「お父上、お父上さま」
プゥン、と、イズマから陽気な酒の匂いが漂っているのに、ソラは気づいた。
「お前、酔っ払いか」
「お父上さま! イズマは、長年、夢を見ていました!」
「チッ。夢なら寝て見ろ」
「この古臭い執務室の天井、イズマが全て真新しくして差し上げます! 自慢の腕で!」
「オマエ・・・。天井を壊したのは確信犯だな! 馬鹿息子が」
息子イズマは、やたら、木の工芸品にはまっている。
客の歓迎にも様々なものを木で作るのだが、残念ながら、一生懸命さとはうらはらに生み出されるものは非常にヘボイ。だか皆好意を喜びほめたたえてくれるので、イズマは自分の才の無さに悲観することも一切無い。
親としては、そろそろ自分の才能の程度を自覚し、他に情熱を向けてはと思うのだが、息子イズマの熱が冷める様子は今のところ皆無である。
ふふふ~ん。
馬鹿息子は父の叱咤に笑顔を返し、くるくる~と手を広げて回って見せた。
「・・・お前、まだ正気だな?」
来客の絶えないこのパンデフラデの領主の家の者は、小さいころから酒を飲みなれており、血筋もあるだろうが、皆が酒に強い。
ふふ~ん
イズマは上機嫌で、父に歩み寄り、父が一人飲んでいた品質の良い酒をジィと見詰めた。
「いただいても、よろしいでしょうか」
イズマは、自分の懐から、小さなグラスを取り出す。いつでもどこでも飲めるように携えている。
「ったく・・・あんまり良い酒ばかり飲むんじゃねぇ、他の酒が飲めなくなるぞ」
そう言われながらもそそいでもらえる酒を、イズマは嬉しそうににこにこと見つめる。
我が息子ながら、なぜか憎ませない性質を持つ、と、ソラは思う。得な性分に生まれた息子だ。
「おいしいですねぇ、酒」
「当たり前だろ、この酒をなんだと思ってんだ、天下のウイカンダ酒だぞ」
「親子でよっぱらいですねぇ」
「ふん。俺はまだ酔ってねぇよ」
正確に言えば、酔ったうちに入っていない、という事だ。
ふふふふ~ん
イズマは陽気に体を揺らして、窓の外、豪雨の暗闇を見やった。
「豪雨は神のご意思。見よ恵みの雨、明日大地はその御心を映す」
イズマは時折、長年の教育の成果を見せる言葉を口にする。
残念なのは、内容にはあまり意味が無く、ただ、小難しい表現を口にするのを喜んでいるだけなのである。
珍しい豪雨。ガタガタ鳴る窓。外の暗闇。
にも関わらず、もう20を超えている息子は、ただ楽しそうだった。
・・・なぜだか、ソラは聞いてみたくなった。
「イズマ、お前、弟の事、好きか?」
飲んだ酒のせいだろうか。
「勿論。大好きです」
イズマはヘラヘラと笑った。
「ふーん」
「お父上。前から言ってますけど。クユンが、領主になってほしいなぁ」
「なんでだよ」
「俺、木工職人になりますもん」
「なれるかよ、お前のその腕前で」
「なれますよー! 俺、天才! 俺、最高!」
「お前は・・・本当に、馬鹿だよなぁ・・・」
「本当に、クユンが領主で良いですよ」
何が楽しいのか、イズマは窓の外、真っ暗な様子をキラキラと見詰めたままで言った。
「何も、生まれた順に、領主の座を継ぐ必要はありません。ね。お父上も、そうです」
その言葉に、ソラは、思わず息子をギッと睨みつけた。
「お前・・・!」
言いかけたが、イズマが何の嫌味を込めたわけでもないと、その様子から充分に分かった。
ソラはまた舌打ちをした。
「お前、本当に、そう思ってるのか? 兄として、悔しくないのか。弟、嫌いじゃないのか? アイツ、お前をバカにしてるぞ。良いのかよ」
「俺は馬鹿じゃないですから」
イズマはそう答えた。
「ま、確かにムカつく時あります。アイツ気が強いし。言葉キツイし。でも、彫り易い木を届けてくれるんですよー。応援してくれてんだ、絶対。良い弟だよー。お父上も、弟だったのに、領主なんだし、良いよ、クユンが領主で」
ソラは心配で尋ねた。
「いいのか? お前、領主になりたくないのか?」
イズマは酔った顔を向けた。
「良いです。領主・・・なっても良いけど、違っても良い。俺、お客迎えるの好きだし、それもやりたい。でも、クユンでも良い。ラトでも良いや」
ちなみにラトというのは、イズマと同じ年に生まれた娘である。ソラには3人の妻が居る。
「酔っ払いめ」
ソラはため息をついた。
適当に答えやがって。
とはいえ、酔った時の言葉は、真実を映していることも多いと、ソラは思う。
「兄弟って、どんなもんだ?」
ソラは息子に聞いてみた。
イズマは呟いた。
「眠い・・・」
そして、ガンっと、その頭を窓枠に叩きつけた。
「・・・・おぃ、ここで寝るな」
ソラが息子の肩を掴もうとした。その時。
ビガッ! ズガーン!!
大閃光とほぼ同時に、巨大な破裂音が聞こえた。
驚いて窓の外を見る。
「すげー」
目を覚ましたらしい息子のイズマが愉快そうに呟いた。
「かみなり、落ちたぁ・・・」
ソラは、そんな息子と、また暗くなった窓の外を、交互に見た。
落雷。大落雷。
どこに落ちた?
窓の外は、再びの暗闇。




