078.伝えられた歴史
そうか・・・泣きたかったんだ、コイツ。
と、セフィリアオンデスは、思った。
きっと、ずっと、ずっと、前から、泣きたかったのかもしれない。
泣くことも、出来なくなっちゃってたんだろうか? 感情が、奥に、入り込み過ぎて・・・?
まるで怒ったような顔をして、声も出さないくせに、涙だけをポロポロと落としたトートセンクを、セフィリアオンデスは、ただ真正面からじっと見つめてしまっていた。
怒るだろうなぁ。と、セフィリアオンデスは思った。
泣きたかったんだね、とか、口に出しちゃったりなんかしたら。お前に何が分かる! とか、怒鳴られそうだ。
セフィリアオンデスは思った。
コイツ、さては、いつもムスっとしてるのは、感情を表に出すのが下手なんじゃ。うーん。いや、それはまだ良いように勝手に捉えてるだけ?
色々と心の中で呟きつつ、けれど言葉には出さず、セフィリアオンデスはトートセンクを見詰めていた。相手が何かを言うのを待つ気持ちだった。
トートセンクが、言葉を発した。
「すまない」
「ん?」
「情けない、な」
「いや、全然」
セフィリアオンデスは、短い言葉で返答した。
またトートセンクが沈黙する。相変わらず、怒った顔で、しかも今や、その整った顔の眉間にはしわを寄せていたりする。
ここまで来ると、その顔、面白いよね。
密かにセフィリアオンデスは思った。なんでそんな顔になるんだろ。
そんな事を思われているとはつゆ知らず、トートセンクは、ふ、と、息を吐いた。
「すまない」
もう涙は止まっている。抑えたのだろう。
「伝えに来てもらったのを、跳ね返すようなマネをした」
思わずセフィリアオンデスは笑った。
「なんだ、素直だね。大丈夫、跳ね返されたと思ってないよ」
トートセンクは、今度は先ほどよりはっきりとため息をついた。
「正直、どうも、対等で話すような者がずっと長くいなかったからな。気が緩んだようだ」
「えぇ? せっかく緩んだならそのままにしとけばいいだろ」
セフィリアオンデスが聞き咎める。
だが、冷やかな目線を、トートセンクは返した。
「馬鹿を言うな。お前はあと2日で居なくなるだろう。緩んだ状態に慣れるわけにはいかない」
これにはセフィリアオンデスはぐっと来た。そうだ。その通り。
「だけどさ」
セフィリアオンデスは、言った。
「だから、私は、あと2日しか居られないけどさ。皆、アンタの事、心配してるんだって! 近くに居ないけど、アンタの事を思う皆が、ちゃんと居るんだって!! それ、本当に、分かってほしいよ」
トートセンクは、笑った。鼻で笑ったかと疑うような雰囲気で、笑った。
「知っている。だが、分かった」
お、分かった?
セフィリアオンデスがパァっと顔を輝かせた。
その輝きを見ながら、トートセンクは、言った。
「お前が、それを伝えに、わざわざ、お前の世界を代表して来てくれたというのが、分かった」
笑んでいた。
なんか、煙に巻かれたような気分になって、セフィリアオンデスは笑顔に面食らった。
それ放っておいて、トートセンクが再び自分の背の方を振り返り、その眼下の光景を見やった。
「この場に居なかったから、私一人が残った、のか?」
「へ?」
「先ほどの、お前の話だ。歴史を聞いたと言ったな。私自身、何が起こって自分が一人残っているのか、分からないのだ。ここに居なかったせいで、私一人が残されたのか?」
「あ、あぁ。うん。そう言ってた・・・あ、正確には、『らしい』って雰囲気だったな」
トートセンクは険しい目で再びセフィリアオンデスを振り返る。
「はっきりしろ。単なる推察なのか。どう聞いた、詳しく教えろ」
「分かった。いいけどさ。アンタについても、教えてよ。さっき思ったんだけど、私たち、アンタがどういう性格とかよく分かってないで来ててさー。どんなヤツなのか知りたいよね」
トートセンクはまた疑わしそうにセフィリアオンデスを見る。
「・・・友人になるのが先行して、私の事を知らないというのだな。それを口にするのを失礼だと思わないのか」
「素直でいいでしょ。ほら、時間無いしさ。教えあうのが一番早いよ」
「それには同感だ」
「じゃ、私の方から」
セフィリアオンデスは語り出す。
***
第五世界の鉱石の王は、大地からの情報を少なからず受信している。だから漠然と全体の事を掴んでいる。
第五世界の鉱石の王は、セフィリアオンデスにこの世界の歴史と地図を伝えたのだ。
***
この世界には、2つの種族が住んでいる。
1つがエクエウという種族。
背中に翼を持ち、風に体を乗せて移動する華奢な体つきの者たち。気性は比較的穏やかで、誇り高く、知性を好む。
1つがクォルツという種族。
巨大な、かつ、変化する体を持ち、地を移動する者たち。気性は豪快でやはり誇り高く、自分より小さく弱い者たちを愛でる。
もともと、この2つの種族は空と地に住み分けて暮らしており、お互いに干渉することは稀だった。
それが、敵同士となり、領土争いのように戦争を始めた。その発端は、第五世界の鉱石の王も掴み切れていない。
戦いは、長引いた。終わる様子を見せない。エクエウも、クォルツ側も、疲労が蓄積していた。
皆が終わりを望んでいたのに、お互いの誇り高さが災いして、妥協の終わりを許さない。
ある日、双方が『これで終わらせる』と決意を新たにして、双方がそのスミカを立った。
エクエウ側は。
ナナキーナを中心に。ロットティーン、ハンクサント、イフエル、ツォルセティーナ・・・・ 数 78名。
クォルツ側は。
キュオザロンを中心に。ケルベディウロス、マクオディウロス、ジザクディウロス・・・ 数 73名。
全力の双方が対峙した。そこに、異変が生じた。
大地が悲鳴をあげた、と、第五世界の鉱石の王は伝えた。
大地がゆがんだ。空間が軋んだ。一瞬で、この世界の大部分の大地が、失われるように、感知できなくなった。
そして、エクエウ、クォルツたちが対峙する場所も。生きている気配が消えうせた。だが、死んだ気配ではなかった。
空間の流れの速度が圧倒的に緩やかになった。様々な者やものが放つ振動が停止していた。
止められた、と、第五世界の鉱石の王は判断した。止められた。凍結された。
何に?
外部に。
外部?
この世界の外からの介入。
なぜ、一部だけ停止しているのか? いや、止められた方が大きい。なぜ、一部だけ停止されないでいるのか?
第五世界の鉱石の王はこう判断した。
唯一、あの戦いに加わっていなかったエクエウがいる。そのエクエウが戦いの場に居なかったことで、たった一人、外部からの干渉から外れた。だから世界全ての停止が免れた。
この世界は、そのエクエウが居たスミカの周辺のみ、残り、動いている。
そして、そのエクエウは、たった一人で世界に残ったことを知る。
その様子が、第五世界の鉱石の王には辛い。とても見ていられない。
助けて。




