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076.頼みを聞いて、アトは決める

時間を動かすという事。見えない腕だからこそできる事。

それは、具体的に、どういう事だろう?


『真なる世界に、我輩たちがたくさんいるところがあるだろう。戦場だ。我輩たちは、未だ戦いの途中にある。恐らく、その周辺に、時間を止めている仕掛けがある。頭上で、何か光ったのだ。少し高い位置。そこに、妙な何かがあるはず。それを壊してもらいたい』


「・・・」

アトは口を開いた。

「なんというか・・・やけに、ぼんやりしていませんか・・・? 内容」

先ほど、ケルベディウロスは、様々な事を言葉多く語ったのに、肝心なところは、『恐らく』だとか『何か』だとか『はず』だとか。内容が非常にあいまいだ。


ケルベディウロスは、ボゥっと、体から白い粉を噴き出してまき散らした。

『仕方がないだろう! 我輩は、あの世界に入れないのだ!締め出された! 頼む、お前が頼りだ、真なる世界を救ってくれ! 我輩は、自分の場所に戻りたい。お前は・・・どうせ知らないだろうから教えよう、我輩たち、お前も、全ての者がそうだ、その世界、その場所、その時代、その時に、生まれて良いから生まれてくるのだ。その世界に受け入れられるから生まれるのだ。そこに属して良いから生まれるのだ。それなのに、我輩は、その世界から、全く別の関わりの無い者たちの干渉で、その世界から締め出された! こんな酷く傲慢な事があるか!』

ケルベディウロスは、言い募った。

『世界を取り戻してくれ。頼む。我輩は、自分の場所に帰りたい。真なる世界が、我輩の生きる場所だからだ! 世界の時間を止めるなどという大それた事を行うには、その世界のどこかに『仕掛け』を施す必要があるはずだ。それを見つけてくれ!それを壊してくれ! お前にならできる。お前にしかできない。頼む。頼む!』


困ったな・・・。

アトは眉をしかめた。

必死で頼まれているのはよく分かる。

が。具体的に、何をどうすればいいのか、さっぱりわからない。

行って見てくるしかないのかもしれない。


アトは、ケルベディウロスにこう答えた。

「とにかく・・・僕に何ができるかわからないし・・・それに、僕は今、行方不明の子を探しに行くので・・・」


ケルベディウロスが、ガァっと体を膨れ上がらせ、威圧の姿勢を見せる。

『お前は・・・我輩の願いを断ると!?』


アトはただ困って、説明を続けた。

「いえ・・・でも、まず行方不明の子を探します。その中で、出来る事があったら、力になれるか試してみます」


ィィイイイイイイイイイ・・・

ケルベディウロスは、体から妙な音を出した。何かをこらえているようだ。

『お前は・・・物腰が謙遜に過ぎる!』

「いえ・・・慎重なんだと思います」


『ふざけるな! 我輩たちが、一体どれぐらいの時を苦しみの中に過ごしたか! 今やっとお前が現れたというのに!』

「いえ・・・あの、なんていうか・・・」

困ったな、と、アトはまた思った。

「正直、よく分からないのです。わからない事がありすぎて、自分がどう動くべきかわからないのです。僕は・・・わからないけれどそう言われたからそう動くというのが・・・動けないのです。だから、僕、あなたのお話を聞いて、とにかく、できる範囲で状況を確認したいと思います」

アトはきちんと説明しようとした。

「時間が止められたというのも、実はよく分からないんです。だって、この先の世界では、時間が止まっているように思えなかった。翼を持って空を飛んでいる人もいたし、ものすごく元気に走り回っている人もいた。大きな声で叫ぶ人もいた。僕だって、普通に動いてた。時間が止まるって・・・どういうことです? どうしてそんな事に?」


しかし、ケルベデゥロスは体を大きく波打たせた。一瞬、体が四散しそうに見えた。輪郭がぼやけて、また戻った。

『翼を持つ者!? なぜだ! ヤツらは生き残っているというのか!!』

「え」


『どういうことだ! 我輩の側だけ、排除されたというのか!? では、干渉したのは異世界の者ではなく、エクエウどもだというのか! あいつらにそんなエネルギーがあったとでも!? 我輩たちに、このような辛酸を―許せぬ!』

その輪郭がぶれるのは、怒りのせいだ、と、アトは感じた。

ケルベディウロスの姿が膨らみ、二重に映り、それでいながら厚みを増す。


「一体・・・」

呟きながら、アトは察する。

おそらく、あの翼を持つ人が、このケルベディウロスたちの敵なのだ。そう、恐らく間違い無い。

「・・・どうして、戦っているのですか?」

アトは尋ねた。


だが、姿がぶれつづけるケルベディウロスの耳に、アトの言葉が届いた様子は無かった。怒りに我を忘れかけている、そんな雰囲気。我を忘れかけているのを、必死になって、怒りを抑えようとしている。


困ったな。

アトは冷静に思った。

人探しを第一に行うけれど・・・自分がこのケルベディウロスの願いをかなえられる、ただ一人なのだとしたら・・・。


ふと、アトの耳に、昨日の母に言われた言葉が思い出される。

“あなたで無くても良いけれど、あなたしかできない、と、言われたら?”

そう、まさにそんな状況。


世界を救う?

石見の塔の老婆様が告げたのは、この事だったんだろうか。

ケルベディウロスのいた世界を救ってくれということだったんだろうか。


アトは一人、静かにかぶりを小さく振る。

自分には分からない。自分の事なのに、わからない。

どうしてわからないのか。

それは・・・。ただ、頼まれたからだ。自分がそれを望んだからではないからだ。

自分が望んだ方向なら、自分はそれを自然に行っていくだろう。

でも、頼まれ、望まれたならば?

自分が、応えてあげるべきなのか・・・迷うなら・・・?


行う前に、知るしかない。

そう、アトは思った。


状況を知り、自分がどう関わるかを、決めよう。

その状況を知って、自分が手助けを望むかどうか。自分自身に、できることは何なのか。それを行うことで、何がどのように変わるのかも。


物事には、さまざまな側面があって・・・。だからこそ、自分がどう判断するか。行うことだけが大切なのではなくて、望みのために、何を行うかが大切で。だからその結果、何を行わないでおくか、という選択も大切なのだ。


アトはふぅ、と、小さく息を吐いた。

ケルベディウロスはまだ自分を抑えることに必死の様子だ。


今はケルベディウロスをそっとしておき、先に進むことにしよう。アトはそう決めた。

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