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075.想う。夢。頼み。

絵本を見つめ、アルパッサは心の中で呟いた。


・・・あなたが神様だったら、あなたの世の中なら。私はきっと、自分を恐れず生きていただろうに。

翼を持つ美しい神よ。どうしてあなたは、この世に怪物の力を混ぜたのですか。

混ぜなければ、私のようなものが生まれることなどなかったのに。


ふと、アルパッサは 気配を感じた。重いカーテンが降ろされたままの、窓を見詰めた。

アルパッサはなぜだか優しい気持ちになった。

パンデフラデ領主の家に生まれながら、未だ塔に閉じ込められているご病気のプラム様を、思う。


あなたと私は、ひょっとして、とても似ているのかもしれない。

・・・まともに生まれなかった私と、まともに暮らしていないあなた。


アルパッサは知らず微笑んだ。


なるほど、私たちは兄弟にぴったりだ。

そうして二人でミト師に学ぶ。


***


パンデフラデにある、古い塔の中。


その人は、太く奇妙に振動する声を震わせて、泣いた。

暗闇の中、ただ一人。


叫んでも、叫んでも、もう二度とあの場所に行く事がない。

叩いても、叫んでも。


肺すらもう痛い。呼吸が痛む。


ダレカ 


ダレカ


心でずっと泣き声をあげた。



ココニ イルノニ


ココニ イルノニ



誰もいない



もう



ツカレタ・・・ ・・・  ・・・




そうして奇妙な夢を見る。

天井から美しい光が差し込み、中から銀色のフードの人が降りてくる。

フードの中は、深い闇。


『 アナタに タノミゴトが ございます 』

光の中で、その銀色のフードの人がそう言った。


『 ツヨク ヤサシク 生きる人よ 』

銀色のフードから、色んな色にキラキラ変わる腕がのびて、自分の頭をスゥと撫でた。

その光はなんと美しいのだろう。


『 アナタに 世界をスクッテ モライタイのです 』

なんと美しい声だろう。


『 ふたたび アノ 愚かな世界へ 行きたいノですネ? ワタシタチが道をヒライてさしあげましょう。 そのカワリ 』

優しい言葉。


『 肉の腕をウシナイ 自在を手にした あの少年を 必ず止めてほしいのデス。世界ヲ破滅に導いてシマウ。自分がオロカナ道に イル事を シラナイのです。 ワタシタチが決死のカクゴで行った封印・・・その封印が解かれようとしている』


夢。


『 封印を 守ってホシイ。 破られないヨウに。止めてホシイ。解かれタラ、もう二度と間に合わない。お願いデス、アナタしかイナイ。あの、何にも縛られない腕を持つ少年をカナラズ止めて下さい。ココロからお願いシマス。・・・世界は アノ封印に 守られてイル ・・・』


必死に、この自分に語る声。


***


イシュデン。

隠し部屋の祭壇を通った先の場所で。

アトは、期待を込めて自分を見つめているケルベディウロスを見詰めながら、冷静に考えていた。

ケルベディウロスは、自分の腕が、止められた時間を動かす、と、言ったのだ。


・・・僕の腕で、時間を動かす?


「僕、腕が無いんですけど・・・。ご存じだと思いますが・・・」

アトは、自分の両腕を突き出して、相手に見せた。肘から先に、木製の義手をつけている腕。

「それとも、この、義手のことでしょうか?」


アトは真っ直ぐにケルベディウロスを見詰める。

ケルベディウロスのトンボのような複眼一つ一つが、アトの姿を映していた。たくさんの自分の姿。どれ一つとして、本来の腕を持たず、腕の先に、義手をつけていた。


ケルベディウロスはかぶりを振った。

『お前は、目に見える腕が失われたからといって、自分は人よりも手にできるものが少ないとでも思っているのか?』

「え?」


『お前の腕は、確かに失われた。だが、お前は気が付いていないのか? 腕を失ったことで、より掴みやすくなったものがたくさんある。見えない腕は、見えないものを掴む。何かを失った者は、ただ『失う』わけではない。引き換えに、失う前には気がつかなかった物事に、気が付き、それを獲得する機会を手にする。皆それぞれ、大小差異こそあれど、様々な過不足に対面するのだ。それがこの世の規則。ゆえに、この世は等しいのだ。全ての者が、それに取り組める力量を持ち、対面するそれらから輝きを取り出す』

ケルベディウロスは語った。

『我輩は真なる世界の存在だが、この小さき幼い世界を愛おしく思う。なんという短い生涯で、なんとたくさんの輝きを放つ者たちか。・・・錬金術という言葉を知っているか』


アトが首を横に振るのを見て、ケルベディウロスは若干呆れたようだ。

『大陸の教皇の町、ソエンカエラに、錬金術師と呼ばれる者が多く住んでいる。機会があれば訪れろ。そもそもお前は領主の座を継ぐものではないのか。サリシュめ、とんだバカに息子を育てたものだな!』

「すみません・・・」


アトは自分の無知について、返す言葉がなかった。

一応、学校でソエンカエラという町については習った。なにせ、大陸の中心の町の一つなのだ。だが、錬金術というのは初めて聞く。

これは母の責任うんぬんの問題ではない気がする。学校の教育内容に不備がありまくるのでは・・・。

または、町の霧が原因で、習っているのに、忘れてしまっているのだろうか・・・。


アトが町の学校教育の行く末についての心配を深める前に、ケルベディウロスは話を続けた。


『錬金術とは、身の回りのものを見直し、それらを尊び直し、愛でることだ。輝きを見つけ出す者という意味で、錬金術師と呼ばれるようになった。我輩に言わせれば、この小さき世の全ての者たちが錬金術師だ』


ケルベディウロスは、奇異な外観に似合わず、どこかうっとりと満足そうに目を細め、大きな牙をカタっと鳴らせて嬉しそうなそぶりをした。

『それぞれ自分の人生を、いかに磨き、知り、苦しみからさえ、価値を取り出すか。なんと強い者たちが住む世界よ。・・・お前のその腕。お前に腕がないのは、お前には、腕を失っても輝きを見いだせる強さが備わっているからだ』

ケルベディウロスは雰囲気を改めて告げた。

『・・・我輩は、お前に頼む。口惜しいのは本当だ。我輩たちの世界の事で、こんな小さき幼きものの手を借りなければならんとは!!』

こ目の前のケルベは、プライドを高く持つものらしい。


「それで・・・具体的に、僕に何を望んでいるんですか?」

と、アトは尋ねた。

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