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074.パンデフラデの図書室にて

『創世記』


それは、皆が、神様について学ぶ時、一番初めに手にする絵本だ。

「眠れなくて、本でも読みたくなっちゃった」

花の都パンデフラデ。教会の図書室で、コテッツアはその絵本を前に、アルパッサに尋ねた。

「一緒に読む?」


****


話はほんの少しさかのぼる。

もうすっかり暗く、常ならば皆自室で各々過ごす時間帯。

アルパッサは、閉まっていると思った図書室の扉が開いたので、ドキリとした。

誰だ、夜に図書室を利用するなんて。灯り代が勿体ない。

自分も利用時間外に訪れたくせに、アルパッサは規則違反者に腹を立てた。


いや、もしかしてマーゼの施錠忘れ・・・。

とっさに色々な可能性を考えながら、アルパッサは細く扉を開けた。


灯りがついている。そぅっとアルパッサは様子を伺った。

実は怖かったりする。


奥から、

「・・・だれ・・・?」

と、声が聞こえた。

アルパッサは怖さに身を震わせ小声で「ワッ」と叫んでしまった。我ながら修行が足りない。


「・・・アルパッサ・・・?」

奥からの声が、少し大きくなった。よく知っている声だった。

アリパッサは、ほぅと息を吐いて、安心して扉を開いた。


室内は、明かりは必要最小限で、大部分は闇に包まれている。

アルパッサは、足を踏み入れ、先ほど怯えて声を上げてしまった事を無かったことにするかのように、少し威張ったような怒ったような声を出してしまった。

「何してるんですか、コテッツァ」

「こっちのセリフよ、もぅ・・・誰かと思った。怖がらせないでよ・・・」

橙色の灯りの中で、コテッツァが、本を読んでいた。


近寄ると、彼女が読んでいる本が何か分かった。

『創世記』


**


「眠れなくて、本でも読みたくなっちゃった。・・・一緒に読む?」

「はい」

コテッツァの誘いにアルパッサはうなずいた。

自分も、眠れず、この図書館に来たのだ。

まさか先客がいるなんて思わなかったけれど、コテッツアも自分と同じ気持ちだったのだ。


アルパッサは、絵本を差し向かいで見ようと、コテッツアの真向かいの椅子に座った。

暗い灯りの中でもそれと分かる、読み古された絵本が机の上にある。

これは図書館用のだが、アルパッサはこれと同じものを自室に大切に持っている。きっと皆が、同じ絵本を持っている。

 

コテッツァは、今、神々と怪物が戦う絵が描かれたページを眺めていた。

アルパッサもそれを上から見詰めた。

 

戦い。

残った一人が神だったから、この世が出来た。


「コテッツア、どうしてこの本を?」

「懐かしいから。絵を見たかったの。暗いし文字よくよめないじゃない」

「あぁ、なるほど」

「アルパッサも、眠れないの・・・?」

「はい」

アルパッサは、素直にうなずいた。


そうなのだ。

明日の事を思うと、眠れず、部屋の本をパラパラめくってみたり・・・そして、やっぱりこの『創世記』の絵本を自室で読んだ。

この絵本は、ミト師が自分を弟子だと言ってくれた日に、贈ってもらった思い出の本だ。懐かしさがこみ上げる。


ミト師は、その日以来、自分をひざの上にこっそり招いて、この絵本を何度も何度も読み聞かせてくれた。

安心でき、自分が弟子になったと実感できた日々が思い出される。


アルパッサは明日を思った。

明日。師匠のミト師が行動を起こす。


考えると眠れない。


明日、確実に何かが変わる。

会えていた人に会えなくなる。話せていた人と話せなくなる。

全てが変わる。


それで良いのだろうか?

自分には判断できない。なぜならそれは師匠の判断で、師匠の人生に関わる事だから。


自分は?

決まっている。師匠の意に添い、師匠の生き方に従い、助けたい。


けれど。


眠れない。不安が募る。一人にされる不安がこみ上げる。

自分はここに居るのに、ここに居て良いと言う人が居なくなる。

大丈夫だと感じさせてくれる人が居なくなる。


いや、居なくなるわけじゃない。


でも

いつものような傍に もう居てもらえない。


アルパッサの気持ちを知ってか知らずか、コテッツァは、いつも通りののんびりした口調で、そして少しおかしそうに笑った。

「思い出すわぁ・・・ミト様、困った困った、って、ずーっと、絵本を見ていらした」

「え?」


「『どうして、神は、敵である怪物の力も、この世に混ぜたのですか? 混ぜなければ、この世はもっと完璧で美しかったでしょうに!』って」

「・・・え、まさか」


「ミト様、『アルパッサは本当に賢い子じゃのぅ、考えた事なかったのぅ、困ったのぅ』って、言ってらした」

コテッツアは楽しそうに、穏やかに笑っていた。昔を思い出している風だった。


「そんなに、困っておられました? へぇ・・・」

「うん。『どう思う?』って、聞かれた」

「どう答えたんですか?」

「ひみつー」


コテッツァの答えに、アルパッサは苦笑した。


昔、ミト師は、真面目な、慈悲深い声でもって、幼い日のアルパッサにこう教えた。

『たった一人残った神は、大変慈悲深く、敵も味方関係なく、皆が生きていた事を懐かしまれたのじゃ。生きていた事を尊ばれて、全ての力をこの世に入れられたのじゃ』


全く、あのお方は。いや、皆の力を合わせて誠実に答えてくれたということだ。


アルパッサは苦笑のまま、コテッツァに打ち明けた。

「実は、この神話について、不思議に思う事が他にもあります」

「へー、なに?」


「もし、たった一人残ったのが、怪物だったのなら?」

「へぇ?」


「どうなっていたんでしょう?」

「さぁねぇ」


「一人残ったのが怪物だったら、きっと、その怪物が、この世を作っていただろうと思います。そうなると、その怪物が、この世の神になったでしょう」

「あぁ、そうかもねぇ・・・」


コテッツアは絵本をなでた。

神話を描いた絵本。背の翼で風にのる神々と、牙をむき出して上空を睨みあげる怪物たちを描いたページ。

「怪物が神様なら、私たちも、こんな怪物になってたのかなぁ・・・いやだなー、醜いのはやだわ」


アルパッサは黙って、その撫でられている範囲には決して入らない、怪物の姿を見詰めた。

神様になっていたかもしれない、醜い怪物。

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