073.ケルベディウロスはアトに告げる。大陸神話 創世記
ケルベディウロスはなぜか不快そうにアトを見た。
『お前は我輩の姿を見て何も感じないのか』
そういわれてもな。
「・・・大きいですね」
アトの答えに、ケルベデゥロスは嬉しそうに目を細めた。
目を細めると、現れた下瞼から、デロっとした濃い紫色がしたたり流れ、空中に溶けていった。
・・・変わったイキモノがたくさんいるんだなぁ。
ただそう思って、アトは自分が聞くべき事を聞いた。
「それで、何の御用なのですか?」
『お前が、世界を救ってくれるなら、我輩はその手伝いをする』
「・・・」
アトは若干下を向いた。
目の前の小山の背中がぱっくりと分かれ、まるで大きな吹き出物がブツブツと現れるのに目を背けたのではない。
アトは自分の内面を見つめるために下を向いたのだ。
それから、アトは再び目の前の異形のモノを見た。
今や紫よりも白く輝きを放ち、どこか狂気と殺気と醜悪さを感じさせる姿を次々と現していく。
アトはその姿をただ認め、ただ受け止めた。
もしかして色んなものをこの数日でたくさん見たから、驚く事を忘れたんだろうか。と、どこか頭の端っこで思いながら、アトは自分の心を話した。
「世界を救うという話なのですが」
アトは、濃い紫に縁取られた上、どんどん細かく分かれていくその両眼-正確に言えば、2つの複眼-を見つめて言った。
「僕は一体、何をするのでしょう。いえ・・・『世界』って、何ですか?」
ケルベディウロスは牙の間からたくさんの触覚を覗かせながら、アトの言葉を笑った。
『は、は、は・・・ははは、はは、は・・・! こいつは愉快だ!』
アトは、ただ待った。笑い終わって、相手が言葉を紡ぐのを。
そのうち笑い納まって、目の前の小山はこう答えた。
『お前のいう世界と、我輩の意味する世界は異なる。「世界とは」などという定義は無意味だよ、サリシュの息子よ。だが今は、我輩にとっての世界とは何か、答えよう。我輩の言う世界、それは、我輩が元いた世界の事だ』
目の前の小山はニィと目を細めてアトを真正面から鋭く捉えている。
『お前に是非頼みたい。口惜しい事に、お前にたのむしかない。お前にしか動かせない。是非とも世界を救ってくれ。真の世界を救う事で、お前たちの小さき世界も本来の姿を取り戻すかもしれん。真の世界と小さき世界はぼんやりと繋がっているのだよ、分かるだろう? 真の世界に何が起こったか。お前たちも知っているはず・・・。お前たちの小さき世界にも神話として語られているではないか。真実をほんの少し、あとは大いなる想像で彩られてしまった、あの神話。聞いたことはないか、イシュデン=トータロス=アトロス。大陸神話、創世記と呼ばれる話をな』
「・・・神話・・・創世記」
アトは思い出そうとしたが、思い出せなかった。どこかでチラっと聞いたはずだが、日常に必要な話でもないし、あまりみんなの関心を集めない。
ケルベディウロスは馬鹿にしたようなあざけったような光を目に一瞬宿らせた。
『お前の住むイシュデンは、小さき世界の中、ローヌに次いで2番目に真の世界に近い場所・・・それなのに、神話も語らないとは。甚だ滑稽』
馬鹿にされているうちに、あぁ、と、アトは思った。
そういえば神話、聞いたことがあるなぁ。神の世界で、神と、怪物が戦ったという・・・。
怪物ってどんな姿だろう。そういえば、この目の前のこんなイキモノを怪物と呼ぶのかもしれない・・・。
とはいえ、自分が見たことがないイキモノだからって『怪物』って分類するのは相手に失礼だ。
アトの考えを知ってか知らずか、目の前のケルベディウロスは、こう続けた。
『世界を救ってもらいたい。我輩の元いた世界、真の世界を』
「『真の世界』とあなたが言う世界って・・・もしかして、この先の場所ですか?」
『そうだ』
ケルベディウロスは頷いた。
『我輩は、我輩たちは、あの世界から締め出された。我輩たちの世界であるのに、我輩たちは入れない』
「どうしてです?」
『時間を、止められてしまったのだ。小ざかしく横柄なモノどもが!』
途端、目の前のケルベディウロスは怒りに身を震わせ、体中から真っ白い粉を噴出した。その体がねじれる様にふくれあがり、そしてドゥっとまた落ち着く。
真っ白に視界が曇ったが、全く動じず、アトは話を続けていた。
「・・・小ざかしく横柄な・・・って、僕たちの世界にいる誰かが、あなたの世界を止めたんですか?」
『全く違う。お前たちなど赤子同然だ。別のモノどもだ。世界を超えた干渉を行ったのだ!』
アトは首をかしげた。
なんだか色々あるらしい。
『頼みがある』
目の前の小山・ケルベディウロスは、怒りを抑えるためか、息を荒く規則的に吐きながら、訴えた。
『お前のその腕で、止められた時間を動かして欲しい』
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― 大陸神話 創世記 -
むかし 私たちの住む世界を作ろうとするとき、神の世界で、大変な戦いが起こりました。
背中に美しく大きな翼をつけた神々は、美しく愛溢れる者たちを作るべきだと言いましたが、するどく凶悪な牙を持つ怪物たちが、醜く乱暴な者たちを作るべきだと言い張ったのです。
新しい世界を美しい世界にするために、神々は怪物たちと勇敢に戦いました。
けれど怪物たちはとても強く、神々は大変に長い間、その戦いを続けました。
長い長い戦いの末、ようやく神々が勝利を収めました。
けれど、あまりも激しい戦いのため、神様も一人が残っただけでした。
たった一人残った神様は、とても悲しみ、こんなに戦をするべきではなかったと思いました。
そうして、たった一人残った神様は、新しい世界を、自分の、神の世界に似せて作ろうと思いました。
たった一人の神様は、
たくさん亡くなった神様の体から、風の力を取り出しました。
たくさん亡くなった怪物の体から、火の力を取り出しました。
そうして、土だけあった元の世界に、取り出した風と火の力を混ぜました。
そうして、この新しい世界では戦いが起きないように、自分の涙から水の力を取り出して、混ぜました。
こうして神様は、土と風と火と水を混ぜ合わせて、私たちの世界を創造したのです。
私たちと、私たちの暮らすこの世は、このように作られたために、土をもって温かく、風のように優雅で、火のように勇ましく、水のように情け深いのです。
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