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072.アトと紫の炎

さて、現在、アトは足止めを食らっていた。

母の部屋の『祭壇』とやらに足を踏み入れた瞬間、視界が一瞬白くなり・・・と思ったら、突然、ボゥっと紫の炎が降り注いだのだ。


あれ?

と、アトは思った。

昨晩と様子が違うんだけど・・・。


とはいえ、元々良く知らない場所なのも確かだ。

とにかく、真っ直ぐ進もうとした・・・のだが。


バチィッ!!

「イタッ!!」

静電気の痛みが、足を襲った。アトはびっくりして、一歩下がる。

紫の炎に踏み込もうとしたのだが、触れてはいけないものなのだろうか?


見極めようとじっと見つめると、その炎は分かれたり、また集まったりする。

その上、まるで大型のイキモノがこちらの気配を探ろうとするかのように、一部がぐるぐるとあたりを漂い、無言のプレッシャーをかける。


アトは、母の部屋で見た紫の炎の事を思い出した。

そういえば、メッセージも貰ったぞ。確か、世界を救うなら、助けてやるぞ、とかいう内容だった。


そういわれてもな。


とにかく、アトは話しかけてみることにした。

「何かご用ですか?」

すると、紫の炎が、ゴゥっと大きく膨れ上がる。

なんだろう。反応しているのは分かるけど、何が言いたいのか分からない。


「ええと・・・よく分からないので・・・何か言いたいなら、言ってください」

呼びかけに、紫の炎が返事をする様子はない。

だが、しきりにその形は変わる。


・・・もしかして、『話せない』のだろうか?

そういえば、メッセージも、別の女の人が読み上げていたものなぁ・・・。


困ったなぁ・・・。

動きで何か分かれば良いが、さっぱり分からない。

そして、前後左右、ぐるりと紫の炎に囲まれている。炎の中を進むのは痛そうだから出来れば避けたい。


もう随分とこのままで、時間も随分経っている気がする。

一番困っているのは、このままでは、いくら時間が経っても状態が変わりそうにないと思う事だった。

何かをしなくては変わらないと思うのに、何をすれば良いのかさっぱり分からない。


うーん・・・。


アトは目の前の炎の動きから何かを読み取れないかずっと観察していたが、急にそれを諦めた。

何か良いものを持っていないだろうか。

アトが自分の身体をチェックすると、母に持たされた、連絡用だという手鏡の事を思い出した。

そうだ、ズボンのポケットに入れてもらった。


義手ではうまくつかみ出せないので、アトはポケットを義手で開いて、そこに向かって呼びかけてみる。

「母上ー・・・」

耳を澄ませてみたが、ポケットの中の手鏡からの返事は聞こえない。


うーん・・・。

さんざん自分で身体チェックした上で、やっぱりアトは目の前の炎に向き直るハメになった。


そうだ、とアトは一つ思いついた。

こちらが相手を分からない以上、相手にこちらの事を分かってもらうのは、どうだろう。


「あの・・・」

アトは、何を言うべきか、ゆっくり、ゆっくりと気持ちを言葉に乗せだした。

「僕は、行方不明の子を、探すために、進む必要があるので・・・通してもらえませんか」


が、紫の炎は、一瞬低くなった上で、今度はぐるぐると蛇行した。

よくわからないが、通してくれる感じではない。


「えーと・・・僕には、あなたが何を思ってそうしているのか、分からないのです」


紫の炎は、蛇行し続けている。

時々、シュッ! シュッ! と勢い良く、火花を散らす。


「・・・それ・・・怒ってます?」

そう言うと、紫の炎が穏やかになった。

「えぇえ・・・? えーと・・・」


困ったなぁ・・・アトは考える。

「えーと・・・あなた、メッセージをくれた方ですよね・・・」

紫の炎が、一瞬チカっと輝きを増す。

これは・・・そうだ、と、言いたいのかなぁ。


「えーと、ケルベさん、でしたっけ」

紫の炎が、パァっと揺らめく。そして、アトに距離を詰めた。

なんだろう? 喜んでいる? それとも、怒っているのか。


「ケルベさん」

炎の一部が低く丸くなる。その一部の隣で、また一部が、高く煙突のように燃え上がる。

そして、またジリジリと輪を狭める。


なんだろう。何かを期待されている気がする。

アトはそう思った。

名前を呼んでこの反応・・・。


紫の炎がぐるぐるぐるぐる、アトの周りを回り出した。

急かしている感じ。なんだろう。


「名前を呼べば良いのかな・・・」

ケルベって名前で良かったっけ。確かそんな感じだったと思うけど。

アトのつぶやきに、紫の炎が、飛んだり跳ねたりしている。まるで子犬のように。喜びを表しているのだろうか。


「ケルベ・・・」

アトは記憶を探った。母が、もうちょっと長い名前を叫んだ気がする。そうだ、なんだっけ・・・


「ケルベディウロス」

アトの声に、紫の炎が、ドゥっと壁のように立ち上がった。


空間に声が響いた。

『それこそ我輩の名前! 我が力! 我が姿! 褒めてつかわそう、サリシュの息子よ! そして見よ、我輩たちの行く末を!』


喜びに打ち震えるような大音量の中で。


・・・よく分からないんだけど・・・。

アトは怪訝に首をかしげた。


アトが困惑する中、紫の炎はアトの前に集まり、ちょっとした小山のようになっていく。

集まった炎の山の前面の低い位置に、離れた両眼が開いた。

そうして、両眼の上に大きな口が開いた。

ガバっと開けたその口から、するすると上に向かって牙が伸びた。


小山はブルっと身震いをした。

小山の背中から、上に向かってたくさんの細い糸のようなものが伸びた。その1本1本が生きている様子で、天の何かを招くように規則的に波打っている。


『我輩こそ、ケルベディウロス。真なる世界の、大いなる右腕』


見たこともない、大きな正体不明のイキモノ。

とはいえアトには怯えがなかった。

ただ見つめ、『世の中には知らないことがたくさんあるなぁ』などと思っていた。


アトは挨拶をした。

「初めまして。お話できるようになったんですね」

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