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071.モリジュの姿。池に進めた舟

フォエルゥの活躍っぷりを観察中のキロンとアルゲドだが、実は来た大人たちに、「後は任せて帰りなさい、体が冷えただろう」などと子ども扱いされてしまっている。確かに、結構な数の大人たちが池に集まってきていて、自分たちがすることがなさそうなのも事実だった。


しかし、なんだか悔しい。


というわけで、キロンとアルゲドは『立ち去りはせず、様子を見守ってみる』なんてことをしている最中である。


今、大人たちは、今度は注意深く舟に乗りこもうとしている。

「誰が乗るんだろうな」とキロン。

「デルボとサルトじゃないの」とアルゲド。

こういう時に一番活躍するのは、居城の二人の庭師のデルボとサルトなのだ。


が、状況は若干違ったようだ。

乗りこんだのは、イングス様と・・・それから、町の外から来た商人。そして、庭師のデルボ。


3人を乗せて、舟がゆっくりと漕がれる。

舟からはロープが出ていて、岸でそのロープの端を、サルトや町の大人が持っている。

静かに、静かに舟は進んでいく。


見ている二人も緊張した。

石見の鏡だ。波風を立ててはならないという言い伝えもある。

領主であり、友人アトの父親が舟に乗っている状況に、二人は無意識に舟の無事を祈っていた。


それは厳粛な儀式のようだった。


暗くなってきた湖面の上、静かに、静かに、進む舟。

舟から延びるロープ。

やはり緊張するのか、無言になっていく大人たち。

静かに努めながら、やはり波が立つ。音が出る。


ちゃぷん・・・ちゃぷん・・・ちゃぷん・・・


静寂の中で、ブルっと、キロンは震えた。緊張のせいというよりは、夜の気配の寒さのせいだ。

キロンは息を吐いて、何の気なしに周囲を見回してみた。


「えぁ」

「なんだその声」

アルゲドが聞き咎める。


「あ、ごめん。モリジュおばあちゃんが」

キロンが指さす方向には、すでにこの場所を通りすぎ、なお道を進み続けるモリジュおばあちゃんの背中が小さくあった。


キロンとアルゲドは顔を見合わせた。


***


アルゲドとキロンは、モリジュおばあちゃんの後をつけた。


後に、声をかければ良かった、と、キロンは悔やむことになる。

だがこの時は、大人たちの厳粛な作業を見て、この静寂を大声で壊すのがためらわれたのだ。


その上、町一番のお年寄りなのにモリジュおばあちゃんは健脚で、声をかけようにも距離がなかなか詰められなかった。

暗い道では『復讐ガエル』なんかも踏みやすい。注意して進む必要がある。だからアルゲドとキロンは思うように進めなかった。


つまり、二人は、追いつくことができなかったのだ。

二人が見たのは、モリジュおばあちゃんが石見の塔に辿り着き、中に入っていく姿だった。


「どうして」

とキロンは戸惑い、

「運命の日だ」

とアルゲドが呟いた。


「運命の日? 今日? この時間?」

「時間は関係ないだろ、運命の日って」


「モリジュおばあちゃん・・・今日運命の日か・・・」

キロンは事実を確認するように呟いた。

モリジュは、自分がずっと好きな人、メチルの祖母だ。だから、モリジュおばあちゃんが90になっても、運命の日を迎えていないということのも知っている。

キロンは感想を漏らした。

「大変な日に、運命の日を迎えたな、モリジュおばあちゃん」

「90歳近くに聞く運命って、なんなんだろうな」

とアルゲド。


もう随分と暗い。二人は、モリジュおばちゃんを出迎えようと、そこで待つことにした。


待った。


待った。


そうして、二人は、探しにきた町の大人-ちなみに学校の下のクラスの担任のルナード先生がいた-に怒鳴りりつけられることになる。

「探したぞ! 町に帰れといったのに、なんでここにいるんだ、お前らイヤガラセか!」


「いやいやいやいや」

とアルゲドが慌てて否定し、

「モリジュおばあちゃんが、まだ出てこないんです」

とキロンが訴えた。


ルナード先生たちは顔を見合わせて石見の塔を見上げ、それから首をかしげながらこう言った。

「もう遅い。霧も出ている。モリジュおばあちゃんが入ったというなら・・・こんな時間だ、石見の塔の老婆さまも考慮してくださるだろう。もう帰ろう。良いな」


そうして、二人は石見の塔から去る事になった。

道中、大人たちが池から死体を回収できなかった、という話を聞きながら。


***


イシュデン領主イングスは、石見の鏡の上に浮かべた舟を進めた。

どうしても乗せてくれ、自分の娘だから、と、必死に求めた商人も、迷った結果、乗せた。

商人からも頼りにされはじめている様子の、力あり気づかいのできる庭師デルボと共に。


石見の鏡と言う池は、何が起こるか分からない池だ。

泳いではならない。舟を浮かべてはならない。ただ、あるがままに、それを受け入れるべき。

先祖代々、そう伝えられている。


静かに慎重に、舟を進める。

池のふちで待っていた少年たちが示した場所に、それは浮いていた。


まだ遠いが、腕だけで、服を着ていると分かった。人だと思った。

異国の言葉で、『違う』と商人が言った。服をみて判断したようだった。

では、これは探す娘では無かったのか。

ならば、これは誰だ?


舟を、浮いている人のそばにそっとそっと、近づける。


その人は動かず、ただ浮かんでいる。やはり亡くなっているのだ。

不思議だった。今や顔も体も沈み、両手だけが湖面から突き出していた。天を求めるようだった。


霧のせいで少しぼやけているが、その突き出された腕は細く細く、皮と骨だけだった。老人の腕のように見えた。


ちゃぷん・・・


「あ・・・いけない!」

デルボが小さく叫ぶ。

舟から立つ波が、湖面を揺らし、浮かぶ死体を揺らした。


「急げ!」

思わず鋭くデルボに指示し、イングスは舟から身を乗り出して、天を求め続ける細い手を掴もうとした。

だが、まるで捕まえられるのを避けるように、スッと湖面の下へ落ちていく。


間に合わない。

イングスは両方の手を動かしたが、空と水をつかんだだけだった。

「ダメだ!」


急に強く漕いだために、舟は沈みゆく死体の上に来てしまった。慌てて場所をずらして、皆で湖面をのぞいて探した。

暗くて何も見えない。


何も見えない。


舟の中、商人の祈る言葉が聞こえた。

異国の言葉で、死者の冥福を、生まれ変わる事を、祈っていた。


「誰だったのだ」

イングスは悔しげにつぶやいた。

「ひどく歳をとった誰か・・・・」


そうして、舟は、湖のふちへと戻った。

お年寄りの死体だった、商人の娘では無かったと、皆に告げた。

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