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070.行く老婆、見送る老婆。見守る子どもたち

イシュデンの町。

この町に住むモリジュは、もう90になる老婆で、町で一番の年長者だ。

とはいえ、幸いなことに、足腰も丈夫で、目や耳も問題ない。元気に毎日を過ごしている。


そのモリジュは、今、黙々と町の道を歩きだしていた。


もう夜が迫っている。急いだ方が良い。


「モリジュちゃん!」

「あぁ」

名前を呼ばれて、振り返ったモリジュは微笑んだ。お友達のヨリエが、モリジュを見つけて手を振っている。

モリジュが近づくと、ヨリエはすがるように手を伸ばしてきた。

ヨリエはまだ80にもなっていないが、足腰が弱っている。目は見えるものの、耳も遠い。

「モリジュちゃん、どこ行くの。もう遅いし・・・。石見の鏡のことなら、若い人たちに任せた方が良いよ」


今、町では、石見の鏡で死体が発見されたというニュースが流れていた。

そのため、皆は、死体を引き上がるために石見の鏡に移動しているのだ。


「うん・・・。ねぇ、あのねぇ、ヨリエちゃん・・・」

モリジュは、少し目を落とし、自分の腕を掴むヨリエの手をそっと包んだ。

そして、告げる。

「あのねぇ、私、今、さっき、思ったの」

「何? もっと大きな声で言ってちょうだい、わたし、聞こえない」


モリジュは、ヨリエの目を真っ直ぐに見た。

「私、これから、『石見の塔』に行くわ」

「えぇ? なんで、どうしてよ」


「私、もう90にもなるおばあちゃんなのに、運命の日をまだ迎えてない。知ってるね、ヨリエちゃん」

「あ、あぁ、うん」


「私、今日が、その日かもしれない」

「えぇ!? しっかりおしよ、モリジュちゃん! そんなわけ、ない・・・」

ヨリエの語尾は弱くなった。


実は、状況を知る皆が不思議に思っていた。

モリジュおばあちゃんは、いつ、運命の日を迎えるんだろう、と。

人は、一生に一度、自分の『運命』を聞く。

それなのに、町一番の老齢になっているのに、モリジュはまだ運命の日を迎えていない。


加えて、普通、運命の日を知らせるのはその者の親か保護者である。

親か保護者が、明日だ、とか、今日だ、となぜか分かって子どもに知らせる。

だが、町一番の高齢者のモリジュの場合は・・・?

誰がモリジュの運命の日を知り、伝えるのだろうか。モリジュの娘か息子なのか?


とはいえ、この状況に、モリジュの娘のマチルダや、孫のメチルなんかは、『おばあちゃんは、だから長生きなのよ! だって、運命を聞く前に亡くなるなんてありえないもの!』と楽しそうにさえしているのだが。


今。モリジュは、熱心にヨリエを見詰めて言った。

「なぜかしら。死体のニュースを聞いた後ぐらいかしら。思ったの。私、『石見の塔』にいかないといけない、って」


「・・・そう・・・・」

ヨリエは、戸惑いながら、モリジュの発言を受け入れた。「そうなの・・・」


「とにかく、行ってみるわ」

と、モリジュ。


「そうだね、もし、違ったら、また帰ってくれば良いし、とにかく行ってみるのも良いかもね・・・」


モリジュは微笑んだ。

「うん。そうするわ。ありがとう、聞いてくれて」


「とんでもない」

そう言って、ヨリエはふと不安に襲われた。

ヨリエはモリジュを掴む手に力を入れた。

「モリジュちゃん、無理しちゃだめだよ、ちゃんと帰ってくるんだよ・・・」

「うん」

ヨリエが手を離すと、モリジュは立ち去ろうとした。


「待って、モリジュちゃん」

ヨリエが呼びとめた。


「どうしたの」

「うん、いや、ええと・・・」

ヨリエはよろよろとモリジュに近寄った。「モリジュちゃん、本当に・・・」


モリジュが驚いている。


どうしてだろうか。ヨリエは、本当に強い不安に襲われていた。

「ちょっと、モリジュちゃん、あんた・・・」

ヨリエは、モリジュの腕を再び掴んだ。「あんた・・・」

ヨリエは、モリジュにゆっくりと抱きついた。


「どうしたの?」

「モリジュちゃん、あんた、本当に・・・本当に・・・」


「うん」

ヨリエは、目の前のモリジュの目をしっかりと見つめた。なんだろう、何がこれほど不安にさせるのか。

ヨリエは言っていた。

「モリジュちゃん、本当に、元気で、長生きするんだよ・・・!」


モリジュは首をかしげて、おかしそうに笑った。

「おかしなヨリエちゃん」


それは、随分年上の姉が、ぐずり不安がる妹を優しくなだめるような微笑みだった。


こうして、モリジュは、ヨリエの見送る中、再び歩み出した。

町の北西、石見の塔へ。


***


イシュデンの北西、石見の鏡という池のふち。


「誰だ。商人の娘の死体なんて話になってるぞ」

ワイワイ大人たちの声が飛び交う中、大人たちが湖に舟を浮かべる作業を見詰めながら、キロンは隣のアルゲドに呟いた。

アルゲドは首をすくめてみせる。

「確認すれば分かるだろ」


彼らが見たのは、人間だと思う影が、池の上に倒れたところである。

が、一緒に見たはずのザティとトルカの目にはそう映らなかったのだろうか。

それとも大人たちに話すうちに、それが死体だと判断され、その上、商人の娘だ、と結論づけられたのだろうか。


とにもかくにも、ようやく町の人たちが到着していた。

大人たちは、どこにあったのか、-とはいえ、恐らく領主イングスの持ち物だろうとは思われるが-小舟をかかえており、そっとそれを池に降ろそうと、ワイワイワイワイ話しながら作業をしている。


なぜそれほど注意を払って池に舟を降ろそうとしているのかといえば、『この池には入ってはならない、波を立ててはならない』と、昔から言われているからだ。


しかし、領主イングスは、昔の言い伝えのような注意事項よりも、死体を確認することを優先させたようだ。とはいえ、できるかぎり波をたてないように注意も払いたいのだろう。


「お、やっと降ろしたぞ」とアルゲド。

「傍から見ている方がもどかしく感じるものなんだな」と、妙な感想さえ述べるのはキロンだ。


ちなみにフォエルゥは、イングス様が来たときから二人の傍を離れてしまい、イングス様やデルボ、サルトの周りをうろうろしている。

イングス様の方が好きらしい。

明らかになった事実にがっかりだ。


そりゃ、確かに、イングス様はフォエルゥにとって主人の一人だろうけど。

俺たちだって友達じゃないの、フォエルゥ。


そんな二人の落胆はまったく気にせず、フォエルゥは、デルボやサルトに頼まれて、ロープの端をくわえてひっぱったり、と、活躍中だ。

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