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007.ダロン

メチルが少し気落ちするのを、背後から、アトとメチルより背の高いアルゲドが声をかけた。

「俺らが持ちますよ。なぁ」

アルゲドが、キロンを見やる。キロンは、コクコクとただ頷いた。ちなみに、トルカもいる。


アルゲドの申し出に、メチルの顔がパァっと明るくなった。

「え、そう? ありがとう!」

心をすっかり決めたらしい。メチルが、店の中央にいるローサに注文を繰り出した。

「ローサさん、私 買いまーす!! その星型の・・・そうそれ! 15コー!! それからその隣の、あ、そっちじゃなくて、あ、待ってください、それも3コー!! でー・・・」


メチル・・・食べ方とか分かるんだろうか。アトは、色々と不安になった。


***


どうやらメチルが皆の購買意欲を刺激したらしい。見物していた他の人たちも、少しずつながらも、珍しい品々を購入している。


その店の傍らで、メチルとアトたちは、変わった風合いの果物を手分けして持った。

「皆、ありがとう! お願いします!」

メチルはとても嬉しげに楽しげに、先頭をルンルンと歩き出した。その横に、さりげなく皆で、口を開かなくなっているキロンを並ばせ、ゾロゾロと居城へと歩き出す。


「ん」

トルカの小さな呟きが聞こえて、アトは後ろを振り返った。見れば、トルカが、店を振り返って見つめていた。

「どうしたんだ?」

アルゲドの問いと、アトからの眼差しに気づいて、トルカは答えた。

「あ、ごめん。あのコがこっちを見てたから」


あのコ? アトは、もう一度、店を見た。

ローサさんの左側、馬車の影に沿うようにもう一人が立っていた事に気が付いた。陰に隠れて、先ほどは見落としていたようだ。少し小柄だ。もう遠くて表情などはよく分からない。


「なんか・・・羨ましそうな・・・暗い感じで見られてた」

と、少し嫌うように、トルカが言った。


***


もう夕暮れ。

行商人の店の品物は、残すところ3分の1ほどに売れた。残りは、明日に売れるかもしれない。

手伝いをしてくれたローサという女性は、手伝い料を持って帰って行った。言葉は分からないが、きっと「今日はここまで」とか「もうこれで大丈夫」とかそういう事を言ったのだろうと思う。

少なくとも父親の機嫌は悪くなくて、息子のふりをしている娘は、そっと安堵の息を漏らした。


パタパタ・・・。

石畳を駆ける音が近づき、ふと顔を上げると、本日通訳でとてもお世話になった少年-クリスティンが、カバンのフタをパカパカさせながら笑顔で走りこんでくるところだった。


「ただいまー!」

クリスティンはにっこり笑った。「売れたね?」

「う、うん・・・」

「ご飯はどこで食べるの?」


父親が口を出した。

「坊や、今日は有難う。このお金、どこで換金できるんだ?」

クリスティンは少し驚きつつ、「えーと」と言った。「ローサおばさんが換えてくれないかな?」

「換えてくれない」

「えーと・・・お金・・・わからないよ、イングス様のところに行けば教えてくれるんじゃないかな。何だってできるもの」

「イングス様?」

と、父親は眉をしかめた。「誰だ・・・聞いたな、あぁ、この町の領主だったか・・・」


クリスティンはにっこり笑った。「うん、アト様のお父さんだよ」

「アト様? 誰だそれは」

父親の問いに、クリスティンはきょとんとした。「イングス様の子どもだよ」

父親は小さく「チッ」と舌打ちした。話にならない。この子は言葉は分かるらしいが、頭は悪いらしい。


息子のふりをする娘が、「どうするの?」と遠慮がちに父に聞いた。思わず女口調になってしまったのに気付きハッと父親の顔色を見たが、幸い気付かなかったようだ。娘は静かに安堵の息を吐いた。


「ねぇ」

と、クリスティンが、やっぱり不思議そうな顔をして、聞いてきた。「お腹すいてるでしょ」

「え」

そんなにひもじい顔をしている自覚は無い。

「僕、これから食堂に夕食を食べに行くよ。一緒に行く? おいしいよ」


娘は父親の顔を見たが、父親は顔をしかめていた。「領主様の家に案内して欲しい」

「やだ。お腹減ったもの」

はっきりした答えに、娘は内心で非常に驚いた。クリスティンは少し苛立ったみたいだった。

「イングス様の屋敷は、この道をずっと上に行ったところにあるよ。迷ったら、登る方の道を進むとつくよ。ご飯、どうするの?」


父親は、クリスティンと娘の顔を難しい表情で見比べ、最後に娘に目を留めて言った。

「俺は先に金を換えてくる。お前は・・・そうだな」

今度はクリスティンに目線を移した。「コイツを夕食に連れてってくれ。質素なものを。あまり食べさせないでくれ」

父親は、娘に小銭を幾らか渡した。「・・・これで足りるな?」

クリスティンはその金額を見て、「ちょっと足りないよ」と注意した。「夕食にはあと10ガルいるよ」

「10ガルは何リュークだ」

「うーんと、20年前は、30ガルが20リュークだったよ」

「20年前?」

「大きく変わったって話は、僕は聞かないよ。聞かなかったからかもだけど」

「誰に聞いた?」

クリスティンは、じっと父親の顔を見た。実に真剣な表情をしていた。真っ直ぐ目を見て、クリスティンは言った。

「秘密」


父親は、なぜか怒り出さなかった。


父親は息子のふりをする娘に、さらにコインを10枚渡した。

「『ダロン』、じゃあ、これで食って来い。分かってるな、気をつけろよ。食ったらここに戻って待ってろ」


娘はただ頷いた。『ダロン』というのは、仮に与えられた男の名前だ。

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