068.クリスティンの運命の日
イシュデンの町。自分の部屋で、クリスティンは『祭壇』から一生懸命ツォルセティーナに呼びかけ続けていた。
『祭壇』の事について、結局両親には話していない。
けれど、二人を大切に思っていて、だから言えないことがあると告げると、それ以上は何も聞かず抱きしめてくれた。言えない事を辛く思ったけれど、言ってはならない。両親を危険にさらすことは絶対にしたくない。
町で皆がツォルセティーナを探している中、クリスティンは祭壇から探す方法を選んだ。両親は、自分がツォルセティーナを探すために自室にこもるのだと分かってくれた。
クリスティンは、ずっと呼びかけ続ける。
だが、青白く光る祭壇からは何の応答も無い。祭壇で繋がる事ができる人たちにも、『ツォルセティーナ』を探して欲しい、とは連絡したが、有力情報は入ってこない。
・・・どこにいってしまったの、ツォルセティーナ。
どうして、何も、反応が無いんだろう・・・。
クリスティンは泣きそうになりながら、窓の外を見やった。もう大分と暗くなっている。
また青白く光る祭壇を見つめた。
小さな、不思議な、貰い物。
クリスティンは、祭壇を撫でた。これを貰ったときの事が思い出される。
ハッキリと覚えている。3歳の運命の日の事を。
***
クリスティンが3歳の時、運命の日がやってきた。
本当は一人で行くものだけれど、まだ幼いからと心配したパパが、石見の塔まで手をつないで一緒に行ってくれた。
塔の扉は開いていて、一人で通りぬけると、パァっととても明るい部屋に出た。
「よく来たね! クリスティン!」
初めて見るおばあさんが、自分をにっこりと迎えてくれた。
「本当に会えて嬉しい。さぁ、こちらにいらっしゃい」
にこにこしたおばあさんに、クリスティンも嬉しくなってキャア、と喜びの声をあげた。
「クリスティンは、甘いお茶は好きかね?」
「好き」
おばあさんは、随分と年をとったおばあさんだった。目の色は大分と薄い灰色をしていた。とても優しい瞳だった。髪の毛はところどころ白かった。清潔そうに、丁寧に一つにまとめてあった。
「こちらにおいで、クリスティン。この窓の外に、手を伸ばしてご覧。こんな風に」
クリスティンは、いわれたとおり、おばあさんのマネして、窓の外、手のひらを上に差し出した。
差し出しながら、窓の外の景色に心躍った。
こんな景色、見たことない!
町が小さく下に見えて、緑の丘が遠くに遠くに続いていた。城壁の向こうにも、道はずっと続いていた。
どこまでもどこまでも大地が広がっていた。その上に澄み渡る空が広がっていた。
美しく、愉快な光景だった。
キャァ、とはしゃいで身を乗り出そうとするクリスティンを、おばあさんが押さえていた。
「ほれ、あまりはしゃぐと、落ちてしまうよ・・・。ここは高いから、落ちたら大変じゃ。それに、静かに待ってみてごらん。甘いお茶の元を貰えるから」
クリスティンはそれで少し大人しくなって、少し手のひらを差し出したまま、ずっと待った。
プィン
羽音がした。
クリスティンは驚いた。赤く光るものを脚に抱えたハチが、下から飛んできて、自分の手のひらに止まったのだ。
「じっとしてなさい。大丈夫、お茶の元を持ってきてくれたじゃろ」
おばあさんがそっと優しく言った。そのおばあさんの差し出す手のひらにも、別のハチが止まっていた。
手のひらにハチが赤いものを置き、飛び上がった。
クリスティンは手のひらの赤いものと、飛び上がったもののまだ目の前にいるハチとを驚いて何度も何度も交互に見つめた。
「いつもありがとうね。おいしくいただくね」
隣でおばあさんがハチにお礼を言っていた。
驚くクリスティンに、おばあさんはハチにお礼を言う事を教えた。「ほら、クリスティンも、『ありがとう』ってお礼を言いなさい」
「ありがと。ハチ」
プィン
二匹のハチは、その言葉を聞いた上で、飛び去っていった。
クリスティンは手のひらの赤い石を見つめた。
「ハチが、くれた」
「そうじゃな。良かったなぁ」
そうして、おばあさんは、自分とおばあさんの分のお茶を、その赤いものから作り出した。
壁に生えていた植物から水を貰い。壁の穴に出入りする、クリスティンには見えない何かが、その赤いものと水とを混ぜて沸かせた。
その様子におばあさんは誰かにお礼を言っていた。
「みんな、ありがとう」
クリスティンも一緒になって、ありがとうとお礼を言った。
出された赤いお茶は、十分に甘くて、とても美味しかった。
ハチのくれた甘いお茶を飲んだ後は、おばあさんと歌って遊んだ。
紙とクレヨンもくれたので、クリスティンはおばあさんの絵を描いた。おばあさんはとても喜んで、大切にとっておく、と言ってくれた。
「本当に、ものをきちんと見ているのぅ」
おばあさんは優しく、感心したように言った。
クリスティンは褒められたのは分かって嬉しくなった。
「そうじゃ、こういうのもあった。待ってなさい」
おばあさんは棚からゴソゴソ何かを探していると思ったら、丸い球が二つ縦に並んだような遊具を出してきて、それを見せてくれた。
下の球を持っていると、中の人形がプヨン、と上の球に移動する。そのプヨン、と跳ねるような滑らかな動きが面白くて、何度もひっくり返して遊んだ。
他にも、初めて見る、色々な音、動き、質感。クリスティンは大喜びして心奪われれた。
「パパも呼んで来ていい?」
クリスティンが言うと、おばあさんはそれはできない、と答えた。
もう一度クリスティンは頼んだ。
「パパ、待ってるの。そこに居るよ」
「おや、下に待っているんじゃね・・・? そう、じゃあそろそろ帰らないと心配するじゃろうね。クリスティン、あのな、このお部屋はな、その日私に会う人しか入れないのじゃ。あなたのパパは、昔に一度会ったから、もう入れないのじゃ」
「どうして?」
「それは、このばあさまにも、分からない」
おばあさんは少し考えながらゆっくりと話した。
「ただ、運命というものは、一度聞くだけで良いのじゃろう」
クリスティンにはよく意味が分からなかった。
3歳になったばかりのクリスティンはとても幼かったし、大人は、気付かず子どもに難しく話すことがある。
「クリスティン。あなたに大切なお話をするから、よく聞いて憶えてかえるんじゃよ」
「うん」




