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067.子どもたちが見たものと

「そんなわけ無いだろ」

ザティの発言をアルゲドがすぐに否定した、その時。


急に、空が晴れた。もう大分夕暮れ時だったのに、空がパァっと白く明るく光に満ちた。

同時に、空を映すかのように、池が美しく煌いた。

池にかかっていると思った霧のようなものが瞬きの間に消えていた。


「虹だ!」

キロンが叫んだ。

池の上を覆うかのような、とても大きく美しい虹が突然現れたのだ。


「池! 池にも虹が映ってる、ほら見て!」

トルカが興奮していた。言われなくても皆がそれを見ていた。

空の大きな虹、それを映す池の大きな虹。空と池の描く、美しい円。


「だから、『鏡』っていうんだろうか、この池」

空をはっきりと映し出す池の様子に、キロンが呟いていた。


美しかった。恐ろしさなど吹き飛んだ。

どこか理屈屋のアルゲドにすら、この世はこれほど美しいのだ、と感じさせた。


「人だ!」

ザティが叫んだ。

「倒れた!」


美しい円の中心で、霧が晴れたせいで、皆ははっきりと見た。


池の上のそれが、天に二本の棒を突き出したのを。あれは、両腕だ。それを感じた瞬間に、皆が思った。あれは、人だ。人間だ。

腕の長さと出された場所からみて、池の上に、座り込んでいるのか?


だが、そう皆に悟らせてすぐ後に。

両腕を天伸ばしたまま・・・崩れるように、その姿は池に倒れた。その衝撃で、池の中央から波が立ち、それは静かに滑らかに周辺に広がった。


衝撃的な光景のはずなのに、キロンはそれを美しいと感じさえした。今まで見た景色の中で、一番美しい。

全てが、善悪のない完璧な光景に見えた。


波が自分たちが立つ池のふちに届いて、静かに音を立てていた。


ちゃぷん・・・ちゃぷん・・・


ザティが呟いた。

「呼ばなきゃ・・・あの人、助けないと・・・」


助ける?

アルゲドとキロンはきょとんとした。その表情のまま、ザティを見た。


一方、トルカが、ザティの言葉に怯えるように頷いていた。

「あの人・・・あの人、あの商人の娘だよ! 助けなきゃ・・・皆を呼んでこないと!」


***


というわけで、ザティとトルカが町に人を呼びに行き、アルゲドとキロンが、池の上に倒れた人を見失わないために池のふちに残った。

フォエルゥは、こちらに残す事にした。居てくれることだけで心強く頼もしいからだ。


今はもう、あの美しかった空はまたかき曇り、すでに夜の気配を伝えていた。

池の上にもまたぼんやりと霧が出始めている。

池の上に倒れたと思われる人は、微妙にこんもりとした影のようにしか見えない。


フォエルゥで暖を取りつつ、キロンが呟いた。

「早くしないと、霧が出て身動きできなくなる」

「そうだな」

かといって、二人には、待つ以外に何をすべきか思いつかない。


イシュデンの人は泳ぐという事を知らない。

川では遊ぶが、足が底につく浅さだし、ここの他に池は無い。だから舟を使う経験も無いのだ。どうやって池の中央に行って良いのかも分からない。


キロンとアルゲドの二人にできることは、ただ、トルカとザティが呼んで来てくれる大人たちを待つ事だけ。


「腹が減ってきたな」とはアルゲド。

「夕食の時間、過ぎてるだろうしな」とキロン。


しばらくまた無言になる。二人でフォエルゥにべったり張り付いている。


「あのな、アルゲド」

「なんだ」


「あれ、商人の娘だと思うか?」とキロン。

「違う場合は、誰になるんだ?」とアルゲド。


「さぁ。誰だろう・・・。・・・やっぱりあれは、人間じゃない生き物かもしれないな」

「いや、人間に見えたぞ」


キロンは、顔を上げて、自分とは反対側でフォエルゥに張り付いているアルゲドを見た。

「人間が池の上に立てないだろ。ここの変な生き物の一つじゃないのか」


だがアルゲドはフォエルゥのぬくぬくした毛皮にアゴをうずめたまま答えた。

「人間に見えた。商人の娘かは分からないけどな」


「・・・」

「あそこに行けば、分かる」


「そうだな」

「・・・・・キロン、あのな」


「なに」

「俺、変なのが聞こえた」


んん?

「何を聞いたんだ」


「幻聴かな」

「だから何を」


「それを言うなら、俺たちそろって、幻覚を見たのかな」

「だから何を聞いたんだよ」


「歌みたいなもんだよ」

「歌?」


「歌っていうか・・・なんだろうな、あれ」


キロンは、フォエルゥの背に乗るようにして、反対側のアルゲドに迫った。

「じらすなよ、何だよ」

アルゲドは仕方無さそうな表情をしていた。何が仕方ないかというと、表現に困って仕方が無いという雰囲気だ。

「なんていうか、この世の中は美しい、素晴らしい・・・そんな言葉が、聞こえたんだよ」


キロンは瞬いた。

アルゲドは非常に真面目な顔をしつつも、自分の発言に自信が無さそうだった。「幻聴かもな」


この世は美しい、素晴らしい・・・


「そうかもな」

幻聴案に、キロンは同意した。

「すごくキレイな光景だったから、そんな風に聞こえたのかも」


二人してどんどん暗くなっていく、この森と池の空を見上げた。


あれは本当に美しい光景だった、と、二人は思った。

この世のものとは思えない、けれど、この世の本当の姿のような光景だった。


***


生まれてきて 幸せです

たくさんの 皆と 会うことができた


いろんな 皆

わたしを 支えてくれて 本当に ありがとうね


幸せな 人生でした

とても長い 長い 人生でした


いろんなものを 見せてもらった

いろんなひとに 触れさせてもらった


皆 愛しています ありがとう

おいしいお茶や 食べ物を いつも分けてくれてありがとう


いっしょに 遊んでくれて ありがとう

傍にいてくれて ありがとう


生まれたことに 感謝します

美しい場所に 生まれてきたことに 感謝します


愛しています この世の全て

イシュデンの町の人たち、わたしの子どもたち・・・ 本当なら会えないはずの子孫たち全て!


美しい天 美しい池 美しい大地 心地よい風 柔らかい大気


皆 ありがとう

心より ありがとう


本当に 幸せな人生でした

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