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064.母の経緯

「とにかくね、大陸では、ご褒美として人間として生まれてくるのだと考えてるのだけど・・・前の事は、覚えていなくって、0から人間を新しく生きるのですって」


母が心を語っている。


「なんだか不思議。どうして、覚えた事を、また忘れて生まれるのかしらね。また覚えなおすのかしら? その繰り返しには意味があるのかしら? 生まれ変わりがあるかどうか、私には分からないけど、ひょっとしてあるのかもしれない。どうして忘れるのかしら」


母が、伏せていた目をあげてふとアトを見る。

「そう思うと、私ね、ふと、このイシュデンって、その『生まれ変わり』を、一回の人生で何度もやってるみたいだなぁ、なんて、思うことがあるのよ。聞いて、覚えて、成長して、忘れて・・・その繰り返し。人間の一生って、何なのかしらね」


母の呟きに、アトは答えようが無かった。

考えたことも無い話だった。人生って何だろう、なんて事も。


「でもー・・・」

アトは、努めて思っている事を口に出すようにした。

「生きていることが無意味だなんていうのは、違うと思いますが・・・」


母はアトをふんわりと見つめ返した。まるで「そうかな」と言いたげな顔に見えた。


「母上・・・えーと、幸せじゃないのですか・・・?」

つい口に乗せてしまった瞬間に、アトはしまった、と思った。

その人の生き方に深く関わる質問だった。息子とはいえ、関係の浅い母に尋ねるには本来勇気がいるはずの問いだ。


「幸せ、かなぁ」

軽く母は首をかしげた。


「えーと・・・」

切り出したからには、突っ込むしかない。

「不幸なんですか? 閉じこもってるし・・・」

そうだ、母は、どうしてここに閉じこもっているんだろう。きっと、イシュデンの特殊さと関わりがあると思うけど・・・。


「不幸・・・では、無いと思うわ。幸せかと言われたら、幸せなのでしょうね。まぁ・・・もっと、幸せにもなれるし、きっと、不幸にもなれそうな気がする・・・」

「そ・・・そうですか・・・」

こんな会話に慣れていないアトは、返答に困ってきた。食事を進めることにした。


その様子に、母は「それにしても」と言った。

「イングス-あなたのお父様、食事を持ってくるの、変に遅いわね・・・?」


確かに、と、アトも思った。自分の方は、もう食べ終わってしまいそうだ。


「アト。他に、聞きたいことはあるかしら? 一段落したら、ツオルセティーナちゃんの探索にも行ってもらいたいの・・・。」


そうだった。

「母上・・・」

そろそろ行動しないと、とは思ったが、一方で、浮かぶ疑問を口にせずにいられなかった。

「どうして、僕、あの変な世界に行けるんでしょうか? 普通は行けないと言っていましたね、昨日」


母は気を悪くもせず、両肘をついていたのをすっと降ろして、ごく普通の真面目な姿勢にもどった。

「そうね・・・答えられるけど、きっと、それはイングスから話したほうが良いと思うの・・・。彼の『運命』というのが、関わっているのよ」

「父上の?」

「えぇ。この町の人は、石見の塔の老婆さまに、運命を告げられるのよね。あなたの事は、イングスが聞かされた運命に関わってるから・・・私の口から言うより、イングスから聞いてもらいたいわ」


そうだったのか。

「父上の運命は・・・イシュデンを安全に治める事だと、昔聞いたことが・・・」

「まぁ」

母が苦笑した。

「確かに、それも、領主の家に生まれた者の運命の一つね。きっと・・・隠すつもりは無かったのだと思うわ。でも、あの人はそれを話すのを辛く思うわ」

微笑んでそう話す母も、辛そうにみえた。


「母上の、運命は・・・? ここに居る事ですか?」

「まぁ、アト」

母はやっぱり苦笑した。けれど優しげだった。

「私はイシュデンで生まれた人間じゃないから、私は運命に呼ばれたことはありませんよ。私がここに居るのは、私がそう選んだのよ。記憶をきちんと保つ人が、必要じゃないかと思ったの。『忘れず憶えている人』がね。ー例えば、こんな日のために。答えが探せるように」

「・・・言っても、話した相手はまた忘れてしまうかもしれないのに・・・?」

言ってみて、アトは自分自身を情けなく悲しく感じてしまった。また忘れるかもしれないなんて。


ふふ、と、母は声を出して笑った。

「そうね。そうなのよね。私もおかしいわよね。-でも、アト。忘れてしまうかもしれないけど、でも、やっぱり、きちんと知りたいでしょう?」

「・・・そう、ですね」


ふふ、と、また母は笑った。

「人間って、変な生き物よね」

「・・・えぇーと・・・」

こういう場合の返答には困る。


「私ね、きっと、アト、あなたに・・・。聞かれた時に、聞かれる事に、きちんと正しく教えたい、って思ったの。みんな忘れてしまうけど、みんなの代わりに、私が覚えておけるものは覚えておこうって思ったの。これは、イングスの助けにもなるわ。あの人、領主だもの。イシュデンとはいえ、大陸との交流はあるのよ。重要な事柄を忘れてしまうなんて外交に不利だもの」

母は、アトに少し部屋を見回して見せた。

「この部屋ね、隠し部屋なんだけど、ほら、窓が一つも無いでしょう? 出入りの方法も変だし。だから、霧の影響がもっとも少ないの。実は・・・いくら扉を閉めても、やっぱり多少、建物に霧が入ってくるのね。普通に暮らすのでは、どうしても霧の影響を受けてしまうみたいなのよ。だから。私は、自分の意思で、イシュデンの『記憶の守』みたいなつもりで、この部屋に居る事にしたの」


アトはどう答えて良いか分からなくなった。

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