062.質問の答え
むしろ口を開かないと怒られそうなというか泣き出されそうな状況なので、食事を取りながらだが、アトは思い浮かぶままに疑問を口に出そうと思った。
食事しながらというのが気にはなったが、この母は食事のマナーなどあまり気にしていなさそうだ。
「えぇと・・・」
アトは、左手の義手に取り付けたフォークで柔らかく似てある芋を突き刺しつつ、何から聞こうかと口を開けた。
が、色々ありすぎて何から聞いたものか迷うのは本当のところだ。
しかし、重要性とか何から聞くべきかなど考えていると母に泣かれそうだ。とにかく口に登ってきたものから口に出す事にした。
「あの、父上、どうやってこの部屋を出入りしているのでしょう」
「えぇとね」
母は首をかしげて斜め上を見ていた。
「イシュデンって本当に変な土地なの。あの出入りの仕方、普通じゃないわよね。でも、そういうカラクリ? なのかしら」
アトは変な顔をした。のを、また母が見咎めそうだったので、口でも言ってみる。
「よく分からないのですが・・・」
母は肩をすくめてみせた。
「この城を作ったのは、この町のクリスティンって建築家だってことしか知らないわ。有名人でしょ、イシュデンでは。この町の主要な建物は、全部この人が作ったって話よ。イングスは、この部屋へ入るカギみたいなものを持っているの。それで、この部屋に繋がれるの。それを持って意識すると、さっきみたいに、扉とか関係なくこの部屋を出たり入ったりできるの」
「・・・はぁ」
「イシュデンが変わっているから、正直、この城についても変なところがあるのかもしれないわね・・・?」
「イシュデンは、そんなに変わった町なのですか?」
そうだ、この問いは重要だ、と、アトは思いだし、付け加えた。「忘れてしまうと言うのは・・・?」
「そうね。あ、食べながら聞いてね」
母はアトに食事を促しつつ、自分は肩肘をテーブルについて話し出した。
この人はマナーを知らないんだろうか・・・。まぁいいや。
アトはさらりと母の行動を流す事にした。この人はこういう人なんだ、うん。
「アト、私はね、このイシュデンの生まれじゃないの。大陸の北西に、ローヌという島があるのは知ってるかしら?」
「(もぐもぐ)ぃえ」
「そう。ちゃんと地理は勉強しなさい。で、イングスは領主でしょ。イシュデンは変な町だし閉鎖的な町だしで、実は随分印象が暗かったのだけど、イングスが居るのだから、私がローヌを出てこっちに来たのよ」
「変な町だし閉鎖的?」
「説明の途中で別の質問しないでくれる?」
「(もぐもぐ)はぃ」
「んーとね、イシュデンってのは、他の町とは違うの。たぶん、大陸でも最も古い町の一つだわ。この町には、石見の鏡とか、石見の塔とかあるわね」
「(ぐもぐも)えぇ」
「このイシュデンは、あのあたりがあったからこそ、ここに町が出来たのよ」
「(ぐもぐも)・・・ぇ?」
母は肩をすくめた。
「イシュデンは、あのあたりの霧を、大陸に広めないように生まれた町なの。城壁があるでしょう、この町」
ごくん、とアトは口の中の物を飲み込んだ。
「霧・・・? それが何か?」
母は、人差し指を口に当てた。秘密の話よ、と、その仕草で伝えた。
「あの霧に触れることで、皆、記憶を失ってしまうの。でも、イシュデンの人たちは、そこのことさえ忘れて暮らしている。本当は、この町は、あの霧を観察し、閉じ込めるための町なのよ。この町の人は、その観察者の末裔よ」
母はアトのためにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「古い昔に、大陸の教皇がそれを命じているの。この土地を観察し、見極めるように、とね。古い昔から、この一帯が、何か普通じゃなかったのよ」
母はアトの聞いている様子を見つめながら、少しうなずくような動きをして、こう言った。
「例えばね。石見の鏡、なんて、どうしてそう言われているか、もう誰も知らないで呼んでるけど・・・石見というのは、古い昔、『石を焼いて、その状態を見る』ことで、世界の動きを見るような事をした人たちが居て・・・その人や、それを行う事を『石見』と呼んだの。そう思うと、あの池は、まるで、そんな『石見』と同じように、世界の動きを見るような事ができたのかもしれない。何か、それに通じるところがあったのかもしれないわ」
アトはただ目を丸くして聞いていた。
母にまた「なに思ってるの?」なんて突っ込まれるかも、なんてどこか頭の隅で思ったが、やはり言葉がでない時もある。言葉を挟まないほうがいい時がある。
母の話は続く。
「私は、ローヌからこちらに来て、過ごすうちに、自分が妙に色んな事を思い出せないと気がついたわ。でも、こちらの人はそれが普通だったから、何も変だとは思っていなかった。でも、明らかに変なのよ。例えば、アトロス、あなたの生まれた日なんて、普通忘れないと思うの。いえ、覚えてる。でも、何か変。何か抜け落ちてる。私は、お父様-・・・あ、おじい様よ、アトロス!」
母は突然閃いたように顔を輝かせた。
「あなたの、おじい様、ローヌに居るのよ」
膨大な話の量と突然の話題に、アトは、食べるために口を動かすのを忘れかけた。
母は続ける。
「ローヌのね、あなたのおじい様にね、私は『祭壇』という道具を使って、ここに居ながら話をすることができるの。あ、イングスも使えるのよ。私たち、それで知り合ったの・・・。って、それは今はいいわね」




