061.会話
父の姿がブレるように消えた場所を、まるで夢でも見る気持ちで見つめていたアトに、母がテーブルに向かう椅子に座るように言った。
「先に、食べちゃいなさい。私は、イングスがまた持ってきてくれるのを食べるわ。ツオルセティーナちゃんの探索も急ぐ必要があるのだもの」
「・・・はい」
アトはどうにも不安定な気持ちを抱えたまま、言われるままに椅子に座った。母はやはり昨日と同じ場所、アトと角を挟んだ場所に座った。
食べろと言われたので、アトは、義手を食事用の角度に固定し、スプーンを義手の指で挟みこむ。
母は、テーブルに両腕をつけて、身を乗り出すようにアトを見つめていた。
「・・・いただき、ます・・・」
「ねぇ、アト?」
母が首をかしげた。
「・・・はい」
「今あなた、何を思っていたの?」
アトは、無言で母を見詰めた。何を、と言われても・・・・。
「ほら、今も。何を思ったの?」
アトは困惑した。
「・・・いえ・・・あの・・・?」
母が、じっとアトの目を見つめている。
「アトロス」
母が、右手を伸ばして、アトの左頬をツィっとつまんだ。
予想しない動きで、アトはギョっとした。
さらに、母はアトのほっぺたを横に伸ばした。むにーん。
遊んでいるんだろうか? この人、本当に一体どういう人なんだろう。
「ねぇ、アト?」
人のほっぺを伸ばしているというのに、やたら真面目な顔で母は尋ねてきた。
「・・・ふ、ふぁい・・・」
「あなた、小さな頃からあまり会えなくなっちゃったけど・・・気持ちを言葉にすることを、あまりしてこなかったわね?」
アトはただ瞬いた。口が横に伸ばされているので、口を動かしづらかったというのもある。
「ほら。あなた今、何を思ったの・・・・?」
そういわれても、と、アトは思った。
この人、一体、何なんだろう。
母は椅子から立ち上がり、ほっぺを伸ばす右手はそのままに、左手でアトの喉の下、胸の上あたりを左手で軽くトっと触れた。
「意識して御覧なさい。あなた、今、このあたりがモヤモヤしてるでしょう? モヤモヤしすぎていて、言葉が口にまで登って来れないのね」
えぇ?
「ほら。今、何を思ったの? お願い、言葉に出して言ってみて。私、あなたのお母様だけど、離れて過ごしたから、あなたが何かを思ったらしいぐらい事しか分からないのよ」
母は泣きそうな顔になった。右手は、アトの左頬を伸ばすのをやめて、ただ触れていた。
「言葉に出してくれないと、私、本当に分からないの。ごめんね、アトロス」
母が本当に泣き出しそうな顔で、アトは慌てた。
「いえ、あの、本当に、ただ、ご飯を食べなきゃ、と・・・」
「じゃあ、そう言ってよ。お願いよ」
母は本当に目を潤ませていた。
なんでそれで泣くのかとアトは本当に驚いた。なんで? どうして?
「今、何思ってるの?」
「ええっ!?」
ものすごく悲しそうな、せがんだ目は、瞳のつぶらな小動物さえ思い起こさせる。
なんだこの人ー!!
アトはもう本当にどうしようもなく困った。
いや、とにかく何でも良いから言うんだ!
「ええーと、ええーと、えーと・・・」
じぃと母が見ている。
「ど、どうして、泣きそうなんです・・・・?」
「アトが何か思ってるけど教えてくれないから」
そ、そんな、人が意地悪しているみたいに・・・。
アトは絶句した。
が。
「今、何て思ったの?」
なんですか、この人?
アトは一瞬父を思った。
父上、この人、相当変わっていませんか?
「お願い」
母は言った。困ったことに、心からのお願い事のようだった。
「あなたが何を思っているか、お願い、言葉に出して教えて。考えの途中でも、切れ端でも、何でも良いわ。私を怒らすようなことでも、いいわ。私、あなたがどんな風に考えているのか、分からないのだもの・・・」
「・・・」
あぁ、と、アトは何となく感じられた。
母は、息子なのに、その気持ちがさっぱり推察すらできなくて、母なのにと思えて悲しいのだ。
「・・・」
どうして、自分は母の気持ちを感じとったのだろう。
アトは口を開いて、言ってみた。
「僕が母上の気持ちを・・・感じるのは・・・母上が、気持ちを口に出してくださるからでしょうか」
母は涙をそのままに、ふと息を抜いたようにフゥと笑った。
「そうかもしれないわね」
確かに自分たち母子は、会話どころか、一緒に過ごしてこなかった。
気持ちを察するとかそんな時間、全く過ごしてこなかった。
「アトロスー・・・」
母がまたせがむような悲しむような顔をするので、ヤレヤレ、と、アトは思った。
「いえ、確かに、僕たち、話をしなかったものなぁ、と、思ったんです」
「うん、そうね」
コクコク頷く母に、アトは何だかため息をついた。
なんだか、父がこの人に惚れたのは分かるような気がした。困った人だけど。
妙に正直で心の中をすぐ見せるし、相手にもそうせがむ。そして、「仕方ないなぁ」と思わせる。なぜだろう。本心からそう思っていると分かるから、かなぁ・・・?
「・・・今・・・」
母に、アトは本当に苦笑した。
正直に、言える表現を選んで話そう。
「いえ、母上・・・困った人だなぁ、と、思ったんです」
母はムゥとふくれて、椅子にフンと座った。
「そうかしら? でも、あなただって、こんな母の息子なのよ!」
「そうですね」
アトは笑った。おかしな人だ。
なんだか、色んな話ができそうな気がする。




