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058.変化

トートセンクが、右手を降ろした。

セフィリアオンデスは尋ねた。

「・・・帰った? ダロンじゃない子」


トートセンクは、首を横に振った。上空を探すように見つめる。

「途中から、どんどん気配が広がって、逆に薄くなっていったのだ。帰っていったのなら良いが・・・」


セフィリアオンデスは、改めて上空を探すように見回してみたが、やっぱりさっぱり分からなかった。

「あのさー、トートセンク。よく、分かんないんだけど、いつから私、あのコと一緒だったんだろ。全然気づいて無かったよ」


トートセンクは面倒くさそうにセフィリアオンデスを見た。先ほどの『ツォルセティーナ』相手とはひどい違いだ。

しかし、返事は真面目に来た。

「恐らく、スミカの床下で、お前があの子を見た時だろう。思えば、あの時あたりから、お前の態度が変化していた」

「・・・そうだっけ?」

セフィリアオンデスは崖の上で、あぐらをかきつつ首をひねった。


トートセンクは呆れた。

あの『ツォルセティーナ』が離れた途端、態度ががさつになってしまった。

だが、確かにこちらの方が、自分が見慣れた盗人・セフィリアオンデスらしい。

「それで、お前はいつ帰るのだ。この世界には何もないと分かったであろう」


「んー・・・あのさぁ、本当のこと言うケド、あと2日しか生きていられない」


表現に違和感を感じて、トートセンクは不審そうにセフィリアオンデスを見詰めなおした。

生きていられない?

「どういうことだ。あと2日ここに残ると言いたいのか。表現の仕方に気をつけろ」


「アンタ、私が、何しにここに来たのか、気付いてないワケ?」

「・・・お前は、私の羽根を狙っていた。だが・・・途中で要らないと言った。スミカへ入るのが望みだったのだろう」


「エェ!? ちょっと、アンタ、本当に何も-・・・チッ」

セフィリオンデスは、その金茶色の大きな目を見開き、全てを言わず舌打ちした。

コイツ、本気で、自分の事などどうでも良かったのだ。世界の小さいヤツめ!


セフィリアオンデスは立ちあがった。

「単刀直入に言うよ! アンタの言う『異世界』を代表して、友人になりに来た!」

グィ、と右手を握手のために差しだす。


「・・・」

が。

切り出し方が唐突すぎたのだろうか。

トートセンクは、セフィリオンデスを、非常に不思議な生き物を見つけたような。どこか感心したような。

そしてどこか切り離したような。

少なくとも喜んではいなさそうな顔をして、ただ見つめていた。


***


じーっと、止まったかのような時が大分流れて、怒りだしたのはセフィリアオンデスだった。

「ちょっと! いい加減に反応したらどうなのさ! こっちだって手を出しっぱなしで疲れるでしょうがっ!!」


ふと我に返ったように、トートセンクは言葉を返した。

「あぁ、すまない。次に何を言い出すのかと思ったのだ」


つまりは、観察されていたのだ。

キィイイイイイ!!

セフィリアオンデスが怒りに身を震わせた。

トートセンクが笑った。

「呆れるな。盗賊の望みが、来た目的が、ただ、交流だったというのか」


セフィリアオンデスは全身から湯気でも出しそうなぐらいカンカンに怒っている。

トートセンクはその様子に、ふと力を抜くように、薄く笑った。

「・・・気付かぬ私が悪いのだろう」


・・イィ。

セフィリアオンデスは、大きな金色の両眼を見開いてトートセンクを見た。

ン? 今、態度変わった・・・よね。


トートセンクは呟いた。

「2日の命か」

気のせいか、無表情な中、奥にうっすら寂しさが潜んでいる気が、セフィリアオンデスにはした。


変化に動揺して、セフィリアオンデスはしょんぼりとした。

「ごめん、短くってさぁ・・・。なんか、余計つらい思いをさせたらヤなんだけど・・・でもさぁ。あ、でも色々言いたいことがあるんだ! みんなを代表してさ!!」

「生きていられないというのは、帰るわけではないのか」


セフィリアオンデスは、面食らった。

もともと、コイツはこういうヤツだったんだろうか。

気高く・・・他者を受け入れないと思っていた、有翼人種の生き残り。


無表情な仮面の奥で、声は出さず、ポロポロと涙を落とされているような気分がした。小さな子どものようだ。


今まで存在さえ気付かせなかった小さな黒い箱。それがトートセンクの中には大切に仕舞い込まれていて・・・今、ふとその置き場所を、案内されたような気分になった。

侵入者を防ぐ、こころの迷路の壁を、今、何枚か、トートセンクが取り除いてくれたような感じ。


一体どこで、何が、自分たちの関係に変化をもたらしたのだろう。


あの、ダロンじゃない子・・・が関わったから・・・かなぁ。


自分が触れなかった部分に、あの子が触れたのかもしれない。

ダロンじゃない子は、自分が何をしたかなんて、きっと気付いていないだろう。でも、トートセンクにとっては、こころの扉を開く事の出来る、とても数少ない鍵になったのかも、しれない。


セフィリアオンデスは、なんだか悲しい気分で言った。

「・・・あのさぁ・・・実際、こんな風にこの世界にきたのは私が初めてだし、この後、どうなるのか良く分からないのが本当でさ。私は、たぶん、この体を置いて、存在自体は自分のもともといた鉱石世界 ―あ、私たちの世界のことだけど・・そこに帰ると思ってる。たぶんそうなると思う」

友達になりに来た、なんて偉そうに言っておいて、たった2日しか居ないだろう事を申し訳なく思った。


だがトートセンクは少し安心したように微笑んでいた。

「そうか。存在が消滅するというわけではないのだな」

「たぶんね。ま、もしかしてここにずっと残ってるかもしれないけどさ」


トートセンクが皮肉そうに笑う表情を作った。

「お前は帰れ。元いた世界に帰るが良い」


それ、アンタの常套句みたいなもんだね、

と、セフィリアオンデスは思ったが、なぜだか口には出さなかった。

 

トートセンクが背後を向き、足下の光景を見詰めた。

セフィリアオンデスも、その目線を追い、光景を見詰めなおした。


眼下に、白い大小の像の群れ。時間を止めてしまった、第五世界の住人の姿。

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