057.ツォルセティーナという子ども
どこまでも続く白い大地。薄赤紫の空もどこか白くてどこまでも遠い。
歌が聞こえる。
スミカの一番上、スミカの上に立つようにして、有翼人種のトートセンクは、歌が聞こえる方角を遠く見やった。
悲しそうな歌だ。
歌など、今歌えるものは一人しかいない。異世界からの侵入者、セフィリアオンデスだ。
しかも、歌っている場所が、トートセンクには問題だった。
それは、仲間たちの「体」がある場所から聞こえていた。
もっと正確に言えば、仲間たちと、仲間ではないモノが戦い、この世界の時間を止めてしまった場所。
とはいえ、歌に悲しみが込められているのはさすがにトートセンクでも気づく。
アレも、あの光景には心を痛めるのか。
いや、だが、下手に憐れんでほしくなどない。
そう思いながらも、自分がその歌に耳を澄ませている事に気づいていた。
自分の悲しみに同調する歌だった。
自分の居場所を悲しむ歌のようにも聞こえた。
生きているのに、生きている気がしないー・・・。
と、そこまで感じて、トートセンクは違和感を感じた。
自分に語りかけるように、声に出して言ってみた。
「待て。なぜ、あの欲の塊のようなアイツが、そんな歌を歌えるのだ」
言ってみて、自分でも実際のところを良く知らぬ相手に失礼な発言だとは思えたが、万が一にも相手の耳に入る範囲では無いから、前言撤回する必要など全くない。
トートセンクは、さらに歌に耳を澄ませた。
か弱く、哀れな声だった。
ますますおかしい。
なぜだ。
チラと、自分がスミカから追い出す直前あたりのセフィリアオンデスの様子も思い出されて、セフィリアオンデス自体に違和感を抱いた。
あの、攻撃・略奪意欲満々、すぐきれて怒鳴り散らすアレにしては、妙に大人しく従順な態度だった。
「・・・」
トートセンクは、背中の羽を目いっぱい広げた。
久しぶりに全てをひらげたために、途中の関節が少しきしんだ音を出した。痛みではなく、音が出たという事実にトートセンクは顔をしかめた。
「呆れるな」
一人、自分に語りかけるように話した。
「羽を全て伸ばすことを、どれほどの間行わなかったのだろうな・・・」
ザァ、と、トートセンクはそのままスミカから上に舞った。
目指すのは、仲間の体が残る場所。セフィリアオンデスに会うために。
***
セフィリアオンデスは、たくさんの白い像のようなものが見える場所、足を崖からブラブラさせたり止めたりしながら、流れるように歌を歌い続けていた。
ぼーっとしながら、どこかわき出すように歌が口をついて出てくるようだった。
まるで、鎮魂歌のようだよね・・・
セフィリアオンデスは自分で歌いながらそう思った。
ヒラリ、と、視界に、白い影が舞うように入ってきた。
「・・・」
セフィリアオンデスは歌を止めた。
白い影に見えたのは、あの有翼人種、トートセンクだった。白い像が並ぶ場所と、自分の間に、その翼で留まっていた。
「・・・あぁ。アンタか」
セフィリアオンデスは、静かに驚いていた。
まさか、向こうが自分の元に来る事があるとは思わなかった。
・・・ん、もしかして、この場所から追い出しに来たとか?
なんだかボーっとしていて、セフィリアオンデスは、ただ黙ってトートセンクを見た。
トートセンクは、距離こそあるが、何故だか自分と同じ目線に合わせて宙に浮かんでいた。そして、真っ直ぐに自分をじっと見ている。
「・・・何してんの、アンタ」
「・・・お前は、何という名だ?」
どこか優しく柔らかく、トートセンクが自分に尋ねた。
言われたセフィリアオンデスはキョトンとした。何言ってんだ、コイツ。
「はぁ? いまさら? 知ってるでしょ、セフィリアオンデスだってば・・・・」
トートセンクは、ただ真っ直ぐに自分を見ている。
「・・・・そうか」
「どうしたの、トートセンク」
なんだかセフィリアオンデスは心配になった。
スゥ、と、トートセンクがセフィリアオンデスの傍まで近づいた。ふと右手をセフィリアオンデスの額にそっとかざす仕草をした。
「どうしたの、ホント」
トートセンクは、至近距離からじっとセフィリアオンデスの目を優しく見詰めた。
「皆が心配しているぞ。お前の世界に帰るが良い、『ツォルセティーナ』。我が同胞の名を受けた者よ」
「へ・・・」
ドゥっと、セフィリアオンデスの背中から、何かが抜けた。
驚いて、セフィリアオンデスは、後ろによろめいて両手を後ろにつけた。
何!? 何!? なんなのさ!?
トートセンクの目は、自分の上空を見ていた。
セフィリアオンデスも、後ろ手をついたまま、自分の上に何があるのか見ようとした。
白い・・・ふわりと淡く・・・? なに?
トートセンクが、柔らかな口調で語っている。
「クリスティンとやらが、心配しているぞ。お前には、帰るところがあるだろう? 『ツォルセティーナ』」
「へ・・・」
クリスティンの名前を耳にして、セフィリアオンデスはハッとした。
さらに目を凝らす。
何だ。分からないけど、何か、そこに居る!!
「アンタが、ダロンって子なの!?」
「それは名では無い。セフィリアオンデス」
チラと、また対照的に冷たい口調でトートセンクが返してきた。
「え、そうなの!? じゃ何でもいいよ! アンタ、クリスティンがすごい探してるよ! 帰ってあげなよ! きっとみんなものすごく心配してるんだよ!! 帰りなよ!」
「・・・」
この世界に居座り続けるお前が言うと説得力というものが無いな、と、トートセンクは冷やかに思ったが、今それは口に出す必要は無かった。
この目の前の存在を、元の世界に帰してやる方が大切だと思えた。この幼い子を。
「ツォルセティーナ。さぁ、そこから帰るが良い」
トートセンクは、優しく導くよう、右手のひらを上空に向け、一点を示した。
セフィリアオンデスは、目をよくよく凝らそうとした。
見えない。なんだか、よく見ようと思えば思うほど、なんか見えない!
フ、と、セフィリアオンデスには、気配すら、まったく分からなくなった。




