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056.ケルベからのメッセージ

父はアトが自分を見上げたのを見て、安心したように表情を柔らかく崩した。

アトに向かって一度頷いた後、父はアトから見て右側に顔を向け、「サリシュ」と、呼んだ。


アトもその動きにつられて右を見た。

そこには、昨日見たままの部屋が広がっていた。奥、中央に大きな暖炉があって・・・その暖炉の前、自分たちには背中を向けて、細い女の人が立っている。

部屋は、淡く光っていた。昨日と同じように・・・紫色に・・・。


いや、なんだかちょっと違ったような気もする・・・。なんだっただろう。

それとも、違うと思うのは気のせい?

なんだろう・・・昨日は・・・もっと、部屋が、青かった・・・ような同じだったような・・・


「・・・」

父は、傍にあったテーブルに、左手のトレイをそっと置いた。

なぜか父は、アトを、その細い女の人から隠すようにして、体を広げて立った。

「・・・サリシュ!」


サリシュと呼ばれた女の人が、ハッと振り返った。


ドッと、部屋の壁から、紫の炎が噴き出したように、アトには見えた。

父がアトをかばうように手を広げた。

女の人がヒステリックに叫んだ。

「待ちなさい! ケルベ! その二人に何かしたら、八つ裂きにして食べてやるわ!!」


アトの目に、紫の炎が父を乗り越えて、自分に向かってくるのが映った。


紫の炎は、アトを上からドゥっと包み込むように広がった。

父の背中の後ろだったが、顔に、何かフォエルゥに似た大きな生き物の息遣いが顔にかかるような感覚がした。後ろに退きかけたが、靴はカツっと後ろの壁に当たった。


「ケルベディウロス!」

強く高い女の人の声が聞こえた。

その瞬間、紫の炎はまた来た道をたどるように、ブワっと父の背を超えて撤退した。


父が必死に振り返った。

「アトロス!」

父は自分の様子を確かめようとした。

「無事か! 何も無いか! 父が分かるか!?」


アトはコクリと頷いた。父のその様子にも驚いた。

「はい・・・。無事です、なんともありません」


父はアトの顔を両手で包み、両肩にその両手を置いて、アトの上から下までを何度も見て、それからやっとため息をついた。安心したようだった。

「父上・・・」

こんなに父が自分の身を思って、それを行動で現したのを見たのは初めてだった。

自分の身をいつも気遣ってくれているのは感じているが、父はそれをあまり表に出さないよう、抑えている人だった。それは父が領主であるからで、領主とはそういうものだと、アトは思っていた。


ふと、部屋の雰囲気が変わったのを、アトは感じた。

父の上のこの部屋の天井が、放つ色を淡い青色に変えていた。

この色は、昨日見た。そうだ、昨日も、こんな、淡い青色をしていた・・・。


「サリシュ」

父が、咎める呼び方をした。


呼ばれた女の人が近寄ってきた。

「ごめんなさい・・・来るのはまだ後だと思っていたの・・・。イングス、アトロス・・・大丈夫?」


「大丈夫そうだ」


サリシュと呼ばれる女の人は、明らかにしょんぼりとしていた。

「ごめんなさい・・・」

「・・・分かった」

父がその頭をなでた。


父は続けた。

「・・・今日は普段には無い時刻に、サリシュを訪れたからな・・・名前を伝えるために。時間の感覚が狂ったのだな」

「あぁ・・・そうだわ。・・・それでだわ・・・ごめんなさい・・・」


アトは二人のその様子を見て、あぁ、本当に、この二人は夫婦なんだな・・・とぼんやり感じた。

ということは、やっぱり、あの人は自分の母親、なんだろうなぁ・・・。・・・かなぁ・・・。


『&%@#*◇%@・・・えぇと、アトロース、さま? わたしノ言葉、通じていマスか?』


突然、奥の壁-暖炉の方から声が聞こえて、アトは驚いた。

高い、若い女性の声だ。どこか話し方のアクセントが変で聞き取りづらいが、言っている内容ははっきりわかる。

呼びかけられたアトは答えた。

「えっと・・・どなたですか?」


たぶん母と思われるサリシュという女の人がそれを咎めた。

「ちょっと! ウユ! いきなり何?」

「サリシュ。まだ繋がったままなのか?」

父が困惑して女の人を見た。


壁からの声がそれに答える。

『エェと・・・。ケルベが、イシュデーンのコトバで話すように、と。ご子息に、ツタエたいコトガ。ケルベからありマす』

「まぁ! まず、私たち、親を通してちょうだい! 許可なく勝手にアトロスと話さないで!」

本当に女の人は怒っていた。


『*#%@*◇・・・&&○%◇@@・・・』

壁の声は、アトには分からない言葉を話した。


「@%◇○@*◇&・・・・・・&◇○#!」

アトには分からない言葉での会話が始まった。本当に怒っている女の人の隣で、なぜか父も頷いて同意を示している。

言葉の分からないアトは何が起こっているのかさっぱり分からず、ただ様子を見守った。


『*#%@*◇&○%・・・アトーロスさま、伝えます』

「ウユったら! もー!!」

ウユと呼ばれる人は強行突破に出てきたらしい。母と思われる人が、それを聞かせまいと、大音声で妨害しだした。

「ダメーーーーーーーーーーー!!」


ドゥっと、部屋の壁から、紫の炎が立ち上った。

「ケルベ! 何しに来たの!」


『アトロースさま、ケルベというモノから、あなたへメッセージです。〝世界を救ってくれるなら、吾輩が道案内に立とう”・・・です』

「ウーーーユーーーーー!!」

母だろう人が妨害しようとしたが、ウユという人の言葉はしっかりアトの耳に届いた後だった。


まるでフォエルゥが自分にじゃれつくかのように、紫の炎が、自分の周りに集まっていた。


世界を救う?

アトはなんだか呆れるような気持ちになった。またその言葉?

スケールの大きい言葉なのに、こんなに誰もが口にすると、どこかとっても小さい言葉に聞こえる。


「帰りなさい! ケルベっ!」

怒り心頭、という甲高い声に、ふっとアトの身の回りにあった紫の炎が小さく、壁に消えていった。

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