055.ウユとケルベ。アトは父と隠し部屋へ
『膨大な量です。全てお渡しできますが、人間の能力的にこれを、例えば1時間で読むのは無理ですよ』
少し間が空いてから告げられたウユの返答に、サリシュは一瞬思案した。
自分が思っていた以上に、ベイラン ―大陸― では、行方不明者が多いようだ。それほどの数なら、この大陸で祭壇そのものが極秘扱いにされるのも当然かもしれない。
「えーと・・・じゃあ、『どんな風に見つかったか』、代表的なケースを教えて」
少しの沈黙の後、ウユが告げた。
『サリシュ。見つかったケースは、1件もありません』
サリシュの祭壇の光が、また一瞬、チラっと紫に燃え上がった。紫の炎は、ケルベがこちらに顔をだした証拠だ。
「1件もないの・・・?」
『えぇ』
「困るわ」
サリシュは本気で言った。
「天下の『BB』が、『求められた情報はありません』なんて言っていいと思ってるの?」
『1件も無い、というのも、情報です、サリシュ』
「ダメです」
サリシュは強く言った。
「ケルベ。ケルベディウロス。質問を変えるわ。祭壇に関わる行方不明者を探すにはどうしたらいいの?」
ウユが驚いてそれを制した。
『サリシュ! ・・・ケルベ、待って!』
サリシュの前の祭壇がドゥっと紫色の炎を噴き出した。
部屋が、まるでうめき声を出すかのように振動した。サリシュは、確かにケルベの気配を部屋に感じた。
サリシュは、部屋を訪れているケルベを睨んだ。
何よ、脅す気!?
ケルベが怒っている気配がした。〝何も知らんやつが、無理を言いやがって!”
「ケルベディウロス」
サリシェは、皆には知られていない、ケルベの本当の名前を正確に知っていた。
「本当に、知らない、分からないと答えるの? 情報の番人ともあろう者が?」
『サリシェ、・・・お伝えします』
祭壇から、ウユの声がした。
『システムに、ケルベのメッセージが表示されています。-こんなことが、あるなんて・・・信じられない』
「どうぞ、ウユ。世話をかけるわね。伝えてくれる?」
『・・・』
促されたのに、ウユはしばらく黙っていた。
サリシュは、部屋をぐるぐる回っているケルベの気配を感じながら、ウユがケルベからのメッセージを読み上げるのを待った。
『・・・〝吾輩は知らない。サリシュ、ウユ。この会話に耳を傾けている、この情報バンクの管理者たち、お前たちも知っているはずだ。我々には、知る由も無いという事を!” ・・・以上です・・・サリシュ、どういう事です? なぜ、ケルベの名前を?』
ウユの質問に、サリシュは答えた。
「小さい頃予想して言い当てたら、合ってたのよ、ケルベの名前」
『・・・〝吾輩は、お前たちの昔を知っている”・・・とケルベが』
ケルベの気配はまだサリシュの部屋にあって、グルグルと部屋を回りながら、どこか、座り込んで、こちらの様子を見据えつつうかがっているような気分がする。
「えぇ、何度もケルベに言われるわ。私は誰かの生まれ変わりなのかしらね。3歳の小さな頃から、そう伝えてきたのだもの。ケルベ。本当に、見つける方法は無いの?」
部屋の気配がおとなしくなった。
祭壇の光は紫のままだった。
自分が質問したきり、気配も落ち着くし、ウユも発言も無いので、サリシュはキョトン、とした。
「えーと、ウユ?」
『え、・・・っと、はい。いえ、こちらの画面には、何も』
「えぇ? なによー、ケルベ、言いたい事言って、スッキリしたの? 困るわぁ! だいたい、今まで1件のケースが無いって言っても、初めての1件が発生する可能性はいつだってあるのよ!」
ウユも思いついたように言った。
『サリシュ。もしかして、見つかった件は、単純に報告されたり記録されたりしていないだけかもしれませんよね。見つからないケースの時は、大騒ぎになって記録に残る・・・。あ・・・〝それは違う。見つかった事は無い”と、メッセージが出ました・・・』
サリシュはさすがにため息をついた。
「そう・・・」
本当に、見つかったケースも無ければ、どのように探して良いか、天下の情報網にさえ、何の手がかりも記録されていないのだ。
『それにしても・・・』
ウユがつぶやくように、どこか感動したように、言った。
『ケルベって、こんな風に、メッセージ出すことが出来るんですね・・・!!』
「そ・・・うね」
サリシュは、戸惑いを悟られないように返事をしつつ、まだ部屋にいるケルベの気配を、ちょっと呆れながら見やった。
ケルベ、あなた、ウユを相当新人扱いして遊んでいるわね? 他の皆にも口止めを頼んだわね?
「・・・あれかしら、好きな人にイジワルする心理ってやつかしら?」
ポソっと、ウユには聞こえないような小ささで呟いた。
部屋の紫色が、チラっと陽気に瞬いた。
***
アトは、父イングスと一緒に、運搬室に居た。
一度マチルダさんと会ってしまい、やむを得ず一度自室に戻り、頃合いを見てまた運搬室に行ってみると、すでに父が待っていたのだ。
「アトロス。よく休めたか?」
「はい」
「少女の像も、持ってきたか」
「はい」
クリスティンが彫ったという、居なくなった女の子の姿を写した小さな胸像は、ズボンのポケットに納めている。
父はうなずいて、先ほどマチルダさんが用意していた、一人分の食事を乗せたトレイを片手で持ち上げた。
「では、サリ・・・母の部屋に行くぞ」
「・・・はい」
聞きたい事はたくさんあったが、まずは父についていこう。
父は、空いている右手をアトの肩に置いた。
「気を楽にな」
グラァ、と、視界がブレた。
そうだ、この感覚、2回目だ、と、アトは思った。
そうだ、1回目は確かにあった・・・夢を見てたわけじゃない・・・。
目が回るような感覚がふと納まって、アトは自分が立っている感覚を取り戻した。
目の前には、変わらず父がいて、自分の左肩には父の右手が乗っていた。父の左手は、料理の乗ったトレイを持ち上げていた。
あのめまいの中、片手でトレイを持ち続けるなんて、父はなんて器用だったんだ、と、思わずアトは感心した。




