054.サリシュと祭壇
イシュデン、居城の一室で。
イシュデン領主イングスの妻であり、もう一人のイシュデン領主でもあるサリシュは『祭壇』を使っていた。連絡相手は、自分の父だ。
サリシュは、大陸の北西にあるローヌ島の出身だ。
ローヌは『祭壇』を使うものがほとんどで、離れていても、案外誰とでも話ができる、便利なところである。
なお、もともとローヌは大陸とは別の文化を持つ独立した島だった。『祭壇』というものを作り上げたのはローヌだろうとも言われている。
「サリシュです。お父様、お願いがあるの」
『んん? なんだ、サリシュ、お前か。なんの用か』
サリシュの呼び掛けに、間髪をいれず父の声が返ってくる。父も基本祭壇の傍で過ごしているからだ。
というか、ローヌの家にはだいたい、一家に一つ祭壇があり、常に交信可能な状態にされている。
祭壇自体が貴重、かつ極秘扱いの大陸の者には理解しがたいだろうが、ローヌでは、祭壇は単なる便利な道具程度の扱われ方だ。
「ご存じだと思うけど、こちらで、女の子が行方不明になったの」
『あぁ。知っているぞ』
「名前が分かったの。〝ツォルセティーナ”」
『ツォルセティーナか』
「お願い、連絡網で流しておいてくれる?」
『それはいいが・・・難しいものだな・・・』
「探すのが、ってことよね?」
『ベイランの者は、どうしてそう行方不明になるのか・・・悲しいことだ』
もともと独立した島であったローヌでは、大陸を『大陸』とは呼ばず、『ベイラン』―隣の大地― と呼んでいる。
「・・・その事なんだけれど、私、実際に行方不明が発生するなんて初めてで・・・どういう事になるか分かっていないのよ」
『そうだな。実はワシもだ。お前は、『BB』を使うつもりか?』
「うん、お願い。使うから、よろしくね」
『分かった。安心して使うが良い』
ローヌ島には、独自の情報センターがある。
始めは何と呼ばれていたか知らないが、祭壇使用番号『BB』から始まる者たちが管理をしているので、いつの間にか情報センター自体『BB』と呼ばれて続いている。
収集する情報の正確さと量は、いつの時代を取っても世界一。
それゆえ、どんな情報でも引き出せてしまうし、悪事に利用されてはならないということで、利用可能な者を限定してある。
まず、『BB』の存在自体、ローヌ島の者以外に教えてはならない。
また、『BB』を使う度ごとに、その使用者に本当に情報を与えてよいかのチェックが入る。とはいえ一度使うと、顔なじみのようになり気易くなるのだが、その『一度』使うのが至難の業だ。
言ってみれば『一見さんお断りの情報センター』である。
使用料も、求める情報によって高額になる。その料金を払える者しか情報を受け取れない。
もう一つ、『BB』の最大の特徴の一つに、『ケルベ』と呼ばれる存在がある。
それは『BB』を管理する存在の一つの呼び名だが、人間ではない。実体をもつのか、持たないのか、誰も見た事はない。だが、確実に意志が存在し、自らを『ケルベ』と名乗っている。本当はもっと長い名前のようだが、本来の名前は知られていない。『BB』という情報システムに住む、精霊・・・まるで番犬のような精霊、というのが雰囲気から見て正しい。
『BB』を使おうとする者に対し、『祭壇』を通って会いに行く。そして、情報を与えて良い相手なのかを判断する。『ケルベ』が「コイツはダメ」なんて思った場合、『BB』は、その相手に情報を与える事は無い。
実父との交信を終えたサリシュは、『BB』への交信を試みた。
『BB』は幼いころから何度も使って、愛着がありまくるほどだ。気になるお値段は、さっきの交信で実父持ちである。ありがたい話だ。
サリシュは、青白い光を放つ祭壇に向かって呼びかけた。
「こちら、AA203 サリシュ。ケルベ、仲介よろしく。『BB』開いて!」
サリシュの呼び掛けるや否や、祭壇が放っていた青い淡い光が、一瞬、紫色の炎のように、燃え上がるように広がった。そして即座に、また青い淡い光に戻る。
祭壇から返答が来た。
『おかえりなさい、サリシュ。こちら、BB09 ウユです。ケルベが興奮していますよ』
「まぁ、ただいま、ウユ。お久しぶりね! 元気そうな声よ。ケルベも調子良さそうね」
『こちらは相変わらずですよ。ケルベはようやく私に慣れてくれたみたいです。ときどきまだケンカします』
ケルベは『BB』の番犬のような精霊だが、結構プライドが高いらしく、『BB』管理者になった新人は、よほど相性が良くない限り、たいがいなめられてしまう。
新人の頃は、ものすごく何度も一生懸命呼び掛けないとケルベが仕事をしてくれなかったり、どれだけ呼びかけても寝ているのか何の反応も返してくれなかったり、さらにはしばしば、新人の周りに紫の炎のような光を飛ばしからかいまくったりする。
が、そうやってケルベと新人は仲良くなっていくのだから、ケルベなりのコミュニケーションなのかもしれない。
ちなみに、新人とは言っても、『BB』は管理メンバーがコロコロ変わる事は無い。
ウユは7年は経っているはずだが、未だにからかわれているところを見ると、どうやら、『からかいがいがある相手』とケルベに思われているようだ。
サリシュの祭壇の光が、また一瞬紫の炎のようにパッと散った。
まるで、ケルベが『コイツ、まだまだ新人でさー』とでも言ったかのように感じて、サリシュは笑った。
「ケンカするほど、仲が良いって言うわ。先が楽しみね」
『さて、今日はどんな情報をお望みですか?』
「えぇ。大陸 ― あ、ベイランのことよ・・・ベイランで行方不明になった者が、どう行方不明になるのか。その後どのように発見されるのか。全て教えてちょうだい」




