053.夕食にはまだ早い時刻
マーゼは話を続ける。
「私は、『それなら、見せるタイミングは、いつなの?』と尋ねたこともあります。母は寂しそうに笑っていました。ずっと先に、皆がきちんと認めてくれる時代が来るだろうけど、自分はその時代までは生きていない、と」
マーゼは、ほぅ、と、ため息をついた。
リックデンが、大きく感嘆した。
「・・・驚くなぁ! すごい人が居たんだなぁ!」
隣で、コテッツアが無言で「うるさいなぁ、もぅ」とリックデンをチラと見た、のを、アルパッサは見た。
「コテッツアの、ひぃばあちゃんだろ!? すごいなぁ、憧れるなぁ!」
「・・・そうかなぁ・・・?」
マーゼはリックデンに微笑んだ。それから、話を続けた。
「ミト師。母は、私に、プラム様についてこう話していました。もし、私がプラム様について協力を求められたら、こう言いなさい、と。『大丈夫です』と」
ミトは粥を食べる手を止めて、マーゼを見詰めた。
「『大丈夫です』、と・・・?」
「えぇ。母が何に気がついてそう伝えるようにと言ったのかは分かりませんわ。ただ、タイミングについての話をこの時も聞かされました。『くれぐれも、協力を求められた時に、伝えるのですよ』と」
それからマーゼはふと気づいたように顔を少し上げて、つけたした。
「あぁ、そうだわ、もう一つ言われていたんでしたわ。『太陽が明るく昇っている時間に動くように』、と。そう言いましたわ・・・」
皆が食事の手を止め、マーゼの話を聞いていた。
口を開いたのはリックデンだった。
「じゃあ、例えば、今は動かない方が良いわけだよな!」
真っ先に気付いたのを得意に主張するような口調だったが、その言葉で、皆は閉じられた窓から外を見た。
日は沈みかけて、空をオレンジ色に染めている。
***
イシュデンの居城。
まだ夕食には随分と前の時刻。
イシュデン領主の一人息子 アトロスは、父との約束のために、そして、その前に部屋を調べるべく、指定の時間より随分と早く2階の運搬室に向かった。
が、アトは驚いた。
こんな時間には誰もいないだろうと思っていたのに、なんと、マチルダさんが運搬室で食膳を用意していたのだ。
アトは無言で驚いたが、その気配に運搬室にいたマチルダさんが振り返った。
「あら、アト様。どうしたんです、こんな時間に・・・?」
「う、うん、ただ、何となく・・・」
アトはうろたえた。
例えばここが台所ならば『小腹が減った』だの言い訳は思いついただろう。
食堂でも『落し物』とか-基本的に食後メチルが片付けるから落し物などありえないが-とにかく苦しかろうが言い訳もできそうだが、この運搬室に限っては、正直、アトは日常的に何の用もない。義手のアトには使えない機材がある部屋だからだ。
返答に困る。
本気で言い訳も何も思いつかないので、ただ黙り込んでしまった。
しかし、一方で、マチルダさんが今まさに用意し終わった『一人分の夕食』が非常に気になった。
どうしてこんな、夕食よりも随分と早い時間に?
自分や父のものでは有り得なかった。自分や父の食事は、食堂にて、自分たちの前でまず皿が用意されて、その皿に料理が盛り付けられるからだ。
他の皆のための食事にしても、用意するのが早すぎるし、この状態は妙だ。
皆は、自分と父の食事後、この食堂まで料理を運ばず、1階の台所の席で食べていたりするからだ。
黙ってしまったアトの目線が、自分の横を通り越して盛り付けた料理に向かっているのにマチルダさんは気付いた。
「・・・あ、あぁ。これは・・・お母様の分ですよ・・・」
少し遠慮したように、アトを気遣うように、マチルダさんは言った。
アトは驚いてマチルダさんを見た。
マチルダさんは、母が生きているのを知っていたんだ!
まさか ― 自分だけ母は死んだと思っていて、けれど皆はちゃんと知っていたのだろうか?
どうして!
理不尽な思いにアトが駆られかけた時、マチルダさんは、アトをなぐさめるようにそっと言った。
「イングス様も、アト様のお母様を本当に愛していらっしゃったのですよ・・・こうやって、毎日、お母様のお食事を用意するのです。イングス様は、どこか特別な場所でお供えをしていらっしゃるのだと思いますよ・・・。亡くなってもなお、思いつづけておられるのですよ・・・」
またアトは驚いてマチルダさんを見た。
『亡くなってもなお』?
どういうこと? いや、違う、マチルダさんも自分と同じだ。母が亡くなっていると思っている。
それでも父に食事を頼まれ、こうやって毎日、『亡くなった者』のために、用意している・・・。
アトは混乱した。
どうして? 母は生きているのに?
それとも、生きていないのか? じゃあ、自分が昨日見たのは何? 母の幻? いや、では一緒に居た父は?
アトは無意識に、マチルダさんの目を見つめたまま、首を横に振っていた。
「違う」
マチルダさんが心配そうな顔をした。
「アト様? ・・・ごめんなさい、お母様の話をしたから・・・」
アトは首を横に振っていた。
真実がどこか分からない。何が真実なんだろう。
本当の事・・・?
何か、が、おかしい。
でも、何が?
おかしいのは、自分なのだろうか?
違う。
何かが、隠されているんだ。




