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005.子どもたち

「行きたくないんなら行かなくても良いんじゃない?」

「なんでだよ。世界を救うんだって言うなら、旅に出てもらわないと。世界が滅んじゃったら大変じゃないか」


アトはため息をついた。昼が過ぎたので、普段通りに学校に来たのだ。

今日が運命の日だったと報告したら、こんな話題になっている。


「でもまさか今日だったなんて。早いねー」

「まぁでも、セレスティンは3歳だったしな、運命の日」


セレスティンというのは、アトたちの一つ下のクラスの少年だ。大体3歳ごとで一つのクラスになるので、純粋な年齢でいうと数歳下になる。


なお、『セレスティン』はあだ名だ。本名は『クリスティン』という。それはイシュデンの一番の偉人の『偉大なる建築家クリスティン』と同じ名前だ。

そんな偉大な名前、彼には似合わない。むしろ童話に出てくるとぼけた妖精の『セレスティン』という方がぴったりだ。だから、子どもたちは勝手に彼を『セレスティン』と呼んでいる。


さて、運命の日は皆の関心事だ。

「セレスティンはどんな運命だったか、誰か知ってる?」

と、アトは尋ねた。

「さぁー?」

「忘れ物に注意、とかじゃないの? セレスティンだし」

「えっと、確か、陶芸をすると良いとかなんとか」

「ふーん・・・」


目を伏せて考えに沈みそうになったアトに、今までただ聞いていたザティが、同情を示してきた。

「旅に出たいなんて思ったこと、ないもんな。でも、どうするんだ?」


そう言われても、とアトは困った。


「良いんじゃないの、行きたいと思ったときでー」

女子たちがキャラキャラと笑う。


チャラン、と、鐘が鳴らされた。授業が始まる―先生が来る合図だ。


「不安なら、僕もついてってあげようか?」

トルカが愉快そうに言った。

「え」

「あ、じゃ俺も」

「皆で行くか?」

「石見の塔に探検に行った時思い出すなぁ」

「バカね、学校があるじゃない!」

「やかましい」

「先生来たよ!」


エルテアス先生がシャランと布を押し上げて入ってきた。

まだザワザワした空気の残る教室を見回して気持ちを切り替えるよう促した後、先生はアトを見つめてにっこり笑った。

「アトロス、あなた、運命の日だったんですってね。おめでとう!」


アトは、笑顔を返した。


***


イシュデンの町へと至る道を、幌馬車がガタゴトと向かっていた。誰一人すれ違う事が無い。

御者台にいるのは親子2人だ。


父親が、注意をする。

「いいか。この先の町では今まで以上に気を付けろ。本当は、近寄っちゃいけない町だ」

「・・・どういうこと」

「狂った老婆に操られてる。夜には町全体が霧に覆われるってのも気味が悪い。その霧にかかると死んだようになるって言う」

「噂でしょ?」

「言葉に注意しろ! お前は『男』だ!」

キッと、父親は若者をにらみつけた。


若者は、言葉なくぐっと身を縮ませて俯いた。思い返す。

出立前に髪を短く刈られた時。あの時は、長い髪を惜しいと思ったが、また伸びると思った。外は危ないから、村を出たら男のふりをしろと言われたときも、自分の身を守るためだと納得した。男らしい仮の名前を与えられ、使うようにした。自然に出てくる言葉遣いは、全て押さえつけられた。それも当然だと思った。

けれど、想像以上に疲れを覚えるようになった。自分の行動全てに神経を使う必要があった。ちょっとした仕草も。全て押さえつけられ否定される。

こんなに疲れるのは、旅が予定より長いものになったからだろうか。


二人はまた無言になった。

幌つきの荷台には、村で取れた野菜や果物が積まれている。今年は豊作過ぎて、いつもの町ではもう皆に行き渡りすぎていた。ほとんどが売れ残った。だから、いつもは決して赴かない狂気の町へも向かう事を、父が決めた。この幌馬車には、近隣の人の分の荷物もある。必ず売って帰る責任と義務がある。


道の先、まだ遠く、けれど、壁に囲われた町、イシュデンの門が見える。


***


イシュデンの床屋の息子、クリスティンは、半開きのままのカバンをかけて、家を飛び出した。


また忘れてた!

バタバタっと駆け出してから、ふと立ち止まる。噴水の優美な曲線に見惚れ、しばらくじーっと見つめる。


「・・・クリスティン!」

「はい」

八百屋をしているローサさんが、クリスティンに声をかけた。

「学校だろ、急ぎなさい、もう授業の半分終わってるんじゃないのかい」

「あっ」

クリスティンは思い出した。両親ともが店に出ていて、クリスティンは家で時計を見て学校へ出るのだが、だいたいのところ毎日、時計を見るのをうっかり忘れてしまう。思い出したときには、すでに3つある授業の2つめが始まっている頃合だった。


クリスティンは走り出した。

「困った子だねぇ・・・」ローサの嘆息が聞こえる。


クリスティンはニヘラっと笑って、「行って来ます」と、すでに後ろになったローサを振り返り・・・。パタっと立ち止まった。


空に、鳥がたくさん舞っていた。青い空に白い鳥が美しい!!


「どうしたんだい」

ローサは眉をひそめた。後ろを振り返ってみたが、普段と変わりはない。

「学校に行くんだろ。急ぎなさい」


しかし、パッとクリスティンは別の方向に走り出した。

「えっ、待ちなさい! どこに行くの!! 学校はあっちよ、あっち!!!」

ローサが驚いてついてくる。

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