047.言葉だけでないものを汲み取る
言いにくそうにアトは口を開いた。
「あの、さ。どうしてるの、その、『セレスティン』」
「家に居るよ」
ザティは少し怒っていた。
「あのさ、俺、セレスティンの事は好きなんだ。変わってるけど、悪口言うのは止めてくれ」
驚いて皆がザティを見た。
たぶんメチルの存在を意識して全く口を開いていなかったキロンが、思わず口を開いた。
「アイツと、仲、良いの!?」
「仲が良いとか悪いとかじゃないよ。アイツはアイツで良いヤツだよ。いつも一生懸命だし。まぁ、確かに馬鹿だけど・・・感性は飛びぬけてる。その像だって、そうだろ」
今ならアトも同意できたが、今まであまりクリスティンに関心がなかった上に、どちらかというと下に見ていた手前、なんだか皆の前で素直にザティに賛同できなかった。
「なんで家に居るんだ。アイツ、本当に探してるのかよ」
アルゲドが刺のある言い方をする。
「そこのあたりは、俺も知るかよ。だからってただ泣いてるだけじゃないだろ。知るか。とにかく、知らないのにいうのは止めてやれよ。もし本当に泣いてるだけだったら、それが分かった時に言えばいいだろ」
「えーと・・・ごめん」
謝ったのはトルカだった。
「ごめん。ここで止めとこうよ」
アトにもキロンにさえも見つめられて、アルゲドはしかめっ面をした。
「分かった、ごめん」
アト自身もクリスティンについて認識が改まった事をここで言いたい気持ちになった。けれど、アルゲドをいきなり裏切るようで言い出せなかった。
アトは、言い出せない自分自身にそっとため息を漏らした。
確かに、クリスティンは、何かクリスティンによる方法で、一生懸命居なくなった子を探しているのに違いないと思った。
ザティがアトを見つめなおして、言った。
「俺たちさ、石見の鏡とか周辺も、探そうと思って」
「石見の鏡周辺・・・!? 本気?」
アトは驚いて声をあげた。
正直、変な生き物や植物が多すぎる。
しかも、知恵ある大人たちは、子どもの頃にある程度探検ゴッコとして足を運ばせ、あの場所に飽きるように計らっている。案の定飽きてしまうと、あそこは無駄にダメージを食らう場所として、行く気になれない場所になる。
自分の『運命の日』を除いて。
ザティがうなずくのを、アルゲドがため息をついて、しかし口にしたのはその補足だった。
「町で皆が探しても全然見つからないしさ。誰も探してない場所を探した方が良いんじゃないかって、ザティが言うし、その通りだよな、って、皆で来たんだ。だから、どっちかっていうと居城は寄り道。アトは学校さぼってるからついでに来た」
キロンが居城を気にしていた。気にしているのは居城の中にいるはずの人物だが。
「居城は、もう、探したのか?」
アトも居城を振り返った。そういう事になかなか気付かないアトの返事はこうだった。
「みんなで探してると・・・思う」
「ふぅん。人手が足りなかったら、手伝うぞ」
と、キロンは言った。
「あぁ・・・」
言いかけて、ふとキロンはメチルに会いたいのだとアトは気づいたが、その時、風が左手の手紙をヒラリと奪いそうになって、自分の予定を思い返した。
そうだ、OKして居城に招いてあげたいが、数時間後には、母の部屋へ行く予定がある。
数時間後、キロンを放ったらかしにして、自室にもどこにも居なくなるという状態はマズイ。
それに、昨日からの出来事を皆に話しておきたいけれど、今まで自分にさえ秘密にされていた居城の隠し通路や隠し部屋を話してしまうのは問題がありそうな・・・。
困ったな・・・。
知らず、アトの表情に出ていたらしい。
「いつでも」
キロンが譲歩のような口ぶりで言った。今でなくてもよいという意味にとれた。
「あ、うん。ごめん。僕もちょっと予定があってさ・・・」
「そっか。アトも、一緒に来るかなと思ったけど」
と言ったのはトルカだ。
「うん・・・居城に予定があって」
我ながら変な言い方だと思った。
「居城も、探したいし・・・・ごめん、キロン。ちょっと今は無理なんだ」
キロンが変な顔をしていた。
アルゲドが口を開いた。
「アト、何か、隠してるよな」
「だよな」
とキロン。
アトは情けない顔をしていたに違いない。
背の高いアルゲドが上から目線で、アトの肩を叩いた。
「まぁ、悩みなら、俺らにすべて打ち明けたまえ」
できるならそうしたいな、と、アトは思った。
「アト、フォエルゥ、借りて良いかな?」
と、トルカが言った。
「え?」
「石見の鏡周辺に行くのに、フォエルゥが居た方が、心強いから」
そう言われて、アトはトルカとフォエルゥを交互に見た。
「フォエルゥ、行ってくる?」
フォエルゥはアトをジィと見つめている。
とはいえ、アト自身は一人でこれから予定のある身だ。
「キミが良かったら、トルカたちと一緒に、行ってあげて」
フォエルゥは、グルゥ、と鳴いた。
ザティが感心した。
「すごいね。言葉が、分かるんだね」
「うん」
答えながら、アトは気付いた。フォエルゥが分かるのは、言葉ではなく、気持ちだ。
そうして、アトはふと思った。
フォエルゥとだけではなく、ここにいる皆ともそうなのかもしれない。言葉だけではない何かを、みんな汲み取って受け答えしている。
アトはとても不思議な心持ちがした。
父が手紙に書いていた。この世界には、見えるものだけがあるのじゃない。見えないものからもできていると。
そうであるなら、聞こえるもの、聞こえないもの。
触れるもの、触れないもの。
現されるもの、現されないもの。
伝わるもの、伝わらないものが。
今までの日常が、まるで違った日常になったように感じた。
まるで、世の中が、自分にヴェールを脱いで素顔を見せてくれたような、心持がする。
“本当の私を見て御覧なさい” と。
いやむしろ、ヴェールは世の中が被っていたのではなくアトの方が知らず被り、その中から世の中を見ていたのかもしれない。




