046.友だち
床の上で、手紙を義手の指にはさんだまま、アトはちょっと天井を見て物思いにふけった。
『町の外』というのについて、考えてみたのだ。
アトには、町の外に行った記憶が一つもない。
それはアトだけではなく、きっと学校の友達もそうだろうし、町の人たちも外に行ってくるなんて聞いたことがなかった。
町の外に行く必要が特になかった。
町の外については、学校で習う。
このイシュデンが、大陸の北西付近にあるという非常に大まかな地理も。
そして、それを遥かに上回る、自分たちが暮らすイシュデンについての授業。
地理。歴史。動植物。天候。工芸。音楽。文法。作法。算術・・・
それだけ、対するイシュデンという領地が豊かだからだろう。
「・・・」
と、思ってはいたが。
アトは、昨日、石見の塔の老婆に言われた言葉を思い出していた。
『あなたは世界を救うだろう。旅だちなさい、今すぐに』
いわれて、自分は、領主になる身だから、外の町を見て勉強してこいってこと? なんて思って、でも何か自分がそんな気分にもなっていないのに行くのは嫌だな、なんて思っていたんだけど。
「・・・町の外・・・」
ポツリと、アトは呟いた。
一体、町の外は、どんなところなんだろうか。
食べているものも違うみたいだし、使っているお金も全然違っていた。名前だって違う。というより、言葉が全く通じない、別の言葉を話しているのが信じられなかった。
もしかして、もう、ほとんど全てのことを、僕は知らないんじゃないだろうか。
そう、領主になるんだったら、もっと知った方がいい事が、あるに違いない・・・。
アトは、再び手紙と行方不明の女の子の姿をうつした胸像に目を落とした。
「・・・」
アトは胸像をまた持ち上げた。
キミ、どこに行っちゃたんだろう。『ツォルセティーナ』。
・・・胸像に、名前を書いておこうかな。忘れてしまいそうだ。
アトは立ち上がった。夕食前に運搬室に来いと父の手紙にあったが、まだ時間がある。自室に戻ろう。
そうだ、まだ時間がある。昨晩、自分が辿った道のりを調べてみよう。
運搬室も。父が呼んだ時間より早くいって、壁をきちんと調べてみよう。食事の時は、メチルにマチルダさんも来たので、調べづらかったのだ。大人しく待つのがマナーだと教えられているのだから。
アトは談話室を廊下に出た。
出たところで、外の声が聞こえた。2階のテラスの扉が開け放たれていて、そこから外の声が聞こえるのだ。
ちなみに、テラスはこの談話室の近くで、中央階段から廊下を挟んで前面にある。玄関の上、建物からせりだす形だ。
「え・・・トルカ、アルゲド?」
友達の声がすぐそこでする。
アトは左の自室に向かうのを止めて、右、テラスに歩を進めた。
すると、丁度中央階段を登っていたサルトがアトを見つけて喜んだ。
「あぁ! アトさま、キロンとトルカとアルゲドと・・・あとザティが来てますよ!」
「うん、ありがとう」
アトはテラスに向かうのを止めて、サルトと共に下に降りることにした。
フォエルゥの喜んでいる声も下から聞こえる。
そっか、フォエルゥ、下に居たんだね。
***
「あっ、アトだ!」
ザティがすぐにアトが出てくるのを見つけて呼んだ。
アトはアルゲド、キロン、トルカとよく一緒に行動しているが、ザティはあまり群れるのを好まないタイプで、仲は良いが、こんな風にここにいるのはちょっとめずらしい。
「あ。アトー」
アルゲドやキロン、トルカが一斉にアトを見つめる。トルカはフォエルゥにベロベロに舐められているところだった。
そばに行くと、非常に真面目にアルゲドが言った。
「学校、さぼりやがったな」
アトは今気がついて眉をしかめた。
そうだ、夕方まで寝ていたという事は、昼から始まり夕に終わる学校を、すっぽり丸まるさぼったというでもあった。
「本当だ・・・。忘れてた。実は、夕方ぐらいまで寝てしまってたんだ」
「自分だけさぼるとはずるいぞ」
非常に真面目にアルゲドが言った。
アトは苦笑いをした。
「宿題は出た?」
「今日は、学校はあったけど、授業はしなかったんだよ」
答えたのはザティだった。
それにトルカも続いた。
「今日は、外の商人の子を皆で探してた。まだ皆で探しててさ」
あぁ。
アトはうなずいた。
そうか、町で探していると、メチルも言っていたし、父の手紙にもあった。本当に町全体で探しているのだ。
「そっか・・・」
アトは、じゃれついてきたフォエルゥを義手で撫でてやろうとして、自分が今も、左に手紙、右に胸像を持ったままだと気がついた。
アルゲドが眉をしかめた。
「何もってんだ、それ」
アルゲドがいう『それ』とは胸像の方である。
アトが答える前に、ザティが答える。
「居なくなった子の像だよ。『セレスティン』、たくさん彫ったんだね・・・」
アトは自分の右手にある胸像を持ち上げて見直した。驚いてザティに尋ねる。
「皆も、持ってるの?」
ザティがアトを真正面に見て、首を振った。
「皆じゃなくて、1つ。学校で、回して見たよ。この子を探します、って、エルテアス先生が持ってきた。ルナード先生から借りたみたいだから、先にルナード先生のクラスが見たんだと思う」
ちなみに、エルテアス先生がアトのクラスの先生で、ルナード先生はアトたちより年下のクラスの先生だ。
クラスは年齢別で、だいたい3歳ごとに1クラスになる。
「『セレスティン』て器用だったんだね。僕らが学校で見たのと、そっくり。すごいな」
トルカが、アトの右の義手の中の胸像を見て言った。
「『セレスティン』の家からいなくなったんだろう? アイツ、何かしたんじゃないのか」
アルゲドが冷たく言った。
アトは、今朝の『セレスティン』-本名クリスティンの様子をありありと思い出した。
今までかばった事はないが、この言い方は妙にこたえた。




