041.水の中
ゴポッ・・・!!
体の中に、冷たい感触が大きな塊で入ってきて、ショックでセフィリアオンデスは目を開いた。
とたん、苦しさが襲う。
息ができない!
なに!?
だが瞬時に、今先ほどの『帰還』は意識が朦朧とした自分の幻覚か何かだったと気付いた。
今、また溺れているこの状況が現実だ。
だが、苦しい! ダメだ、本気で死ぬ・・・!!
ダメだ、まだ死ねない!!
また意識が遠のきかける。
クンッ
と。左手を、掴まれた。
遠のく意識の中、セフィリアオンデスはそれを見た。
自分の腕をつかんだ人。この冷たい水の中、冷たさなど全く分かっていない様子で長い髪をゆらめかせて。白い肌に、大きな茶色がかった大きな瞳で。不思議そうに、少し心配したように・・・?
少 女 だ
あ。
クリスティン・・・
探してるコ、このこ、かな・・・ぁ・・・
セフィリアオンデスの意識は遠のいた。
***
有翼人種のトートセンクは、再び床に現れたセフィリアオンデスの元に舞い降り立ち、左腕を掴んだ。
セフィリアオンデスは意識を失っていた。左腕を掴んだまま持ち上げる。全身に冷たいヴェールがまとわりついていた。
さすがに、『ゲスト』にここで力尽きてもらうのは後味が悪い。
青い宝石を手に入れる条件は、この異世界の住人を、ゲストとして自分のスミカに招き茶を振舞う、というものだった。
スミカには招いたが、まだ茶を振舞っていない。契約を果たさないまま事切れてもらっては、自分の手にある青い宝石も、手に入れたというのには中途半端だ。そんな事は許しがたい。
トートセンクは、セフィリアオンデスの左腕を掴んだそのままで、宙にふわりと舞い上がった。
このスミカのこの床には、仕掛けが設けられていた。
この場所に降り立ったものの状態を測定し、必要があれば床を開く。
床の下について、先達は『浄化装置』と呼んでいた。床が開けばふわりとそこに降りていき、しばらくしてまた浮かんで戻ってきた。
ある人はトートセンクにこう教えて聞かせた。
「あの床の下には、清らかな水がたたえられています。外から持ち込んだ疲れや穢れを、私たちはそこで落とし、癒すのです」
その人は穏やかに笑む。
「ですから、トートセンク。今度、床が開いたときがあれば見てごらんなさい。下に降りる前と、昇ってきた後では、私たちの体が持つ『響き』が異なっているのが分かるでしょう。昇ってきた後、私たちの体が、繊細で、高い、美しい響きを持っていると知るでしょう」
けれど、トートセンク自身は使用したことは無い。
通常はこの仕掛けは作動しない。
有翼人種は気高く強い。余程の事がないと、自分の『響き』を狂わせない。
とはいえ、先達は、次第に皆がこの浄化装置を使って帰ってくるようになったのだが。
そして、開かれた床の下からまた昇ってきた後、トートセンクを見て、安心させる笑顔で言うのだ。
「あぁ、さっぱりした。もう元気になったぞ」
一方で、この床とその下の『水』は、有翼人種以外のモノへのトラップの役割も果たしていた。有翼人種の『響き』でないと判断すると、床が開く。
有翼人種以外のモノが、スミカに強硬に侵入した事は幾度とある。通常は外壁が阻むが、こちらの力量を上回る力をで突き破られる事が幾度も起こった。
だが、その度に、床が全てを下に落とした。決して一度も床の上に戻らなかった。
・・・つまり、有翼人種とそのモノたちは、決して相容れる事ができないぐらい、『響き』が異なっていた。
そして今。
そんな機能がスミカにあったことを、トートセンクは忘れていた。
茶にあたるものを用意するべく、別室にいたら、セフィリアオンデスの気配が消えては現れるのを感知した。一体何をしているのかと疑わしく思った。
そしてこの場所に来てみれば、セフィリアオンデスは、床からの落下と浮上を繰り返していた。
有翼人種は、世界のどこにだれがいるのかを把握することができる。ただし、この床の下は把握できない。なるほど、気配が消えたり現れたりするわけだ。
何度も何度も、床が開いては現れる様に、トートセンクは知らず微笑んでいた。
スミカが、今なお、きちんと機能していたということが、ただ嬉しかった。
翼を使って己のペースで上り下りができる有翼人種とは違い、床から水の中に強制的に落とさせられ、また戻される・・・その繰り返しがどれほど翼を持たない者にとって酷な状態であるか。
トートセンクは気付く由ない。
***
セフィリアオンデスは、ゆるやかに目を覚ました。
ぼんやり目を開けると、どうも見下げられている感じで、あの有翼人種が目の前にいるのが分かった。
えーと・・・
相当の体力を約束されているこの体。そのはずだが、力が入らない。視界さえ、なんだかぼんやり霞んで見える。どうやら、仰向けに寝ているようだ。
よかった、生きてる、私・・・。
らしくなく、ボーっとしているセフィリアオンデスに、有翼人種トートセンクが声をかけた。
「『茶』だ。飲め」
セフィリアオンデスはぼんやり、有翼人種が自分になんだか淡く光るものを差しだすのを見ていた。
茶・・・?
あぁ、お茶・・・。
受け取ろうとしたが、体がうまく動かない。
有翼人種がため息をついた。膝をついて、その左手でセフィリアオンデスの左首根っこをワシっと掴む。
有翼人種は、そのままセフィリアオンデスの上半身をグィと起こした。




