040.まって
白い世界で。
セフィリアオンデスは、溺れていた。
急に、床が無くなり、下に落ちたのだ。
「あ!?」
と思った時点で、ひやっと恐ろしく冷たい感覚が全身を包んだ。
実は、さっきから、落下と浮上を何度も何度も繰り返している。
そうでなくては、自分が溺れていると把握するのも難しかっただろう。
初めて床が抜けた時、よくわからないまま呼吸ができずもがいていた。
もがいていたら、またも前触れなく、ふと束縛がとけたような感覚。
息がつける。
さきほどまでいた床の上に自分は座り込んでおり、かつ、水滴が全身から滴り落ちていた。
この有翼人種のスミカ、入ったところの、この世界唯一の鉱石の柱がある場所。ずぶぬれの自分がその上にへたりこんでいたりする。
なに? 水にでも、落ちた??
茫然としていると、また床が勝手に消えて、セフィリアオンデスは落下した。そして、いつの間にか戻っている。
これの繰り返しだ。
怒る気力がでないほど疲れる。
ただ、状況は分かっていた。この世界の唯一の鉱石である『鉱石の王』から、この世界の地図と歴史を伝えてもらった後だったから。
・・・いや、それでもだ。
どうして何度も落ちなくてはならないのか。
どうして、そこにいるアイツは、嬉しそうに眺めているだけなのか。
ちなみにアイツとは、この世界の住人、背中に羽を持つ有翼人種である。
「ちょ・・・・!」
ちょっとなんとかしてよ、アンタ、ゲストにこれは失礼でしょ!
と全く言いだしもできないまま、やっと浮上したというのに、またもやセフィリアオンデスの足元の床が抜けた。
ざっぱん。
***
セフィリアオンデスは消耗しきっていた。落下と浮上がもう何十回繰り返されただろうか。もしかして百回を超えた可能性だってある。
またも冷たい感触の中に放り出され、息ができなくなり・・・。セフィリアオンデスの意識は遠のいた。
待って・・・まだ、あと、2日・・・
***
セフィリアオンデース!!
まるで5つの耳を全て防がれたような、どこかぼんやりとした遠くから、自分の名を呼ぶ声がした。
セフィリアオンデスは瞼を開ける。
あぁ、ここは・・・
どこかぼやけたような視界に、赤茶色に煌めく美しい天が見える。自分は、金も内包した水晶―ルチル水晶の大きな結晶の上に、あぐらをかいて座っていた。
「セフィリアオンデス、お帰り!」
どこかにじむような光景なのは、どうしてだろう?
仲間の姿がぼやけてよく見えない。けれど、輪郭が見えて、そこに仲間が居て、自分に向かって話しかけているのが分かる。
「長い旅をお疲れさまでした、セフィリアオンデス!」
「よくやってくれたね、セフィリアオンデス!」
「これで世界が救われたね!」
ぼんやりした仲間の手が、自分の頭をぼんやりと撫でる。
「お帰り、セフィリアオンデス!」
世界の全てが自分の帰還と、自分の達成してきた事柄を喜んでいた。
セフィリアオンデスは口を開こうとした。
待って・・・目的は、達していない・・・。待って・・・待って・・・。
まだ・・・成し遂げていない・・・。
なのに、口が動かない。
「セフィリアオンデスの勇気を皆でたたえてー!!!」
ワァ・・・と、世界中の空気が喜びに充ち溢れる。
待って・・・
言わなくては。言わないと。
そう、
そうだ。
そうだ。
そう、まだ何も。何も、果たしていない!!
あれほど長い年月準備をして、やっと果たせた機会だったのに!!
ザァっと、セフィリアオンデスの体を後悔が駆け抜けた。
何も果たさずに 戻ってしまった!!
セフィリアオンデスの脳裏に、遠い世界で何を行い、何が果たせなかったかが蘇る。
自分は、有翼人種のスミカに行き、救けを求めていた『第五世界の鉱石の王』に会うことができた。
そこで、第五世界の地図と歴史を伝えてもらった。
けれど、そこで、終わり。そこで終わりだ。
腹立たしさに襲われる。自分に対して腹が立つ。
自分のこの世界が、遠い世界に人を送り込む。それにはどれほどの長い年月が必要だったか。
遠い世界からずっと響く助けを求める声に、この世界の皆が、心を痛め、なんとか助けたいと思い- 皆が助けようと、真剣に願い、願い、願い・・・その結晶として、遠い世界にセフィリアオンデスという存在を産み落とした。
それなのに。
またこの世界が、あの遠い世界に思いを形にして送るには、また改めて長い長い年月を必要としなくてはならない。
またアイツを見つけ出し、そしてスミカへ辿り着き・・・自分と同じ道筋を、また始めから辿らなくてはならないだろう。
あそこまで、行ったのに!!
セフィリアオンデスは、悔しくて腹立たしくて涙しそうになった。
「セフィリアオンデス、バンザーイ!!!!」
「救世主ー!!!!」
待って、違うよ、皆。違うよ、まだ、助けがいるんだ! 初めから、また、送る必要があるんだよ!!
待って、待って、待って・・・!!
バンザーイ、バンザーイ・・・
ぼんやりとした声がこだまする。妙に狂ったその音に酔いそうになる。
違う あと2日はあったのに・・・
落下と浮上の繰り返しで、残る2日分のエネルギーを消耗しきってしまったのだろうか・・・
情けない
なんて、情けない
「セフィリアオンデス、バンザーイ!!」
違う、待って!
まだ終わってないんだ! 始まってないんだ!!
私の口、動け!!
セフィリアオンデスは、口を動かそうとした。ひどく動かしづらい。自分の体なのに、思うように動かない。
それでも、必死に声を出そうとした。
「ま っ て !!」




