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004.庭でデルボとサルトと

「臭ぇ! 臭ぇぞ!!」


居城、玄関を正面に見て右手の奥には、庭園がある。庭園の入り口から、大柄な庭師、デルボが現れた。

「んん? アト様か! おーい、アト様だぞー!」

デルボは振り返って庭園に呼びかけた。もう一人の庭師、サルトも庭にいるようだ。


それからデルボは、ドシドシと歩いて来ながら、大声で呼びかけた。

「アト様、こっちにおいでなさい! ものすげー臭いですぜ! 庭で落としましょう!」

「うん・・・」

アトは、恐らく着替えを取りにいっただろうメチルが現れないか、玄関を少し気にしたが、まだやってくる気配は感じられない。

アトはフォエルゥと共に、庭に向かうことにした。


***


「いやぁ、臭いな!」

庭で、デルボはとても大きく笑った。鼻をつまんだままだ。

「あははは」

デルボに比べるとやせているもう一人の庭師のサルトは、鼻と口を抑えるようにタオルを顔に巻いた状態で笑っている。


サルトは、手押し車で、たくさんの灰を運んできた。

「アト様。はい、使ってください。こぼしていいですよ」

あのカエルの体液は、灰を使ってきれいに落とすことができる。

「うん。有難う」

アトは大人しく、灰に顔をつけたり、足や手を突っ込んだり、義手で体にふりかけたりした。たっぷりつけた方が良い。

「終わったら、そこ、草がはげてるところに立ってくださいね」

丁度、踏まれすぎて土が露になっている場所がある。指示のままに、アトはそこに移動した。


デルボが散水機に乗って待っている。デルボが乗ると大分小さいけれど、持ち抱えるには大きな箱-散水機には、両側に足で回すための車輪がついていて、正面にはホースがついている。ホースには長い棒がついていて、庭師はこれを足でこぎつつ、棒でホースの先を動かして、庭の沢山の樹木に水遣りをするのだ。


「じゃあ水かけますぜ」

ザァっと雨のように、アトに水が降り注いだ。デルボがこいでいるから勢いが強い。灰と混ざったカエルの体液は水の勢いでベシャベシャと落ちていく。加えて、アトは早く落ちるようにとバシャバシャと動く。

そんなアトの傍、ゴゥフ、ゴフッ、とフォエルゥがはしゃいで、アトを超えて降る雨と戯れている。


残った灰を元の場所に片付けて、サルトが尋ねてきた。

「アト様。今日、運命の日だそうですね。行く前にカエルにやられて帰ってきたんですか?」

「ううん。カエルは帰りに踏んじゃったんだ」

「では運命は聞いたんですね! どうでした?」

「さぞ良い運命でしょうな!」

サルトとデルボがワクワクしたように言った。


アトは思いっきり顔をしかめて、正直に答えた。

「なんか最悪だったよ」

二人の庭師は顔を見合わせた。心配そうに、サルトが尋ねた。

「・・・と、言いますと・・・」

「良かったら話してください、アト様」

とはデルボ。


「あ、えぇと、心配しないで。僕の運命の方は、よく分からないんだ。あれ、本当に石見の塔の老婆様だったのかなぁ・・・」

アトの言葉に、庭師の二人が、また顔を見合わせる。

「何を言われたんですかい?」

とデルボ。散水機をこぐのを止めてしまった。でも、もうほとんど流れ落ちた。


アトは、『世界を救うだろう』などと言う事を迷った。規模が大きすぎると思ったのだ。だから、こう言うにとどめた。

「なんか、すぐに旅立てって言われた」


「えぇ!? 大変じゃないですかー!! アト様!!!」

男三人ともが驚いて、庭の入り口を振り返った。メチルが、『アトさま』の最後の『ま』の形で口を開けたまま、アトの着替えを持って突っ立っていた。

驚きで固まる男たちをよそに、メチルはハッとして動き出した。

「旅に出るんですね!! よ、用意しなくちゃですね! あっ、イングス様にもご報告しなくちゃですね!!」

メチルはアトの傍に近寄ると、パッと確認した。

「わー、カエル臭、取れたんですね、良かったー! あのままじゃお城に入れないぐらい臭かったですもの! デルボさん、サルトさん、ありがとうございます! アト様、これ着替えです。あっ、その前にタオル! 持ってくるの忘れちゃいました!」


「あ、タオル、これ・・・」

勢いに押されつつ、デルボが自分の首にかけていたタオルを、一番近いところにいたサルトに渡す。

サルトから受け取り、メチルはアトの腕を取った。

「ありがとうございますー!! さっ、じゃあ、アト様! 早く!! 旅の準備、早くしなきゃ!」

メチルの勢いに押されて足を動かしつつ、アトはなんとか、「ありがとうね、またね」とデルボとサルトに声をかけた。

二人はまだポカンとしていて、フォエルゥさえ、驚きのあまり庭に座り込んでいた。


***


メチルの広報活動の結果、アトの周りの人たちがバタバタと動きだした。


ただ、父は「いつ行くのだ」と珍しく不安そうな顔している。

アトはなんと答えれば良いのか分からなくて困った。アト自身は、『旅に出たい』なんて思った事も無い。それなのに、自分は旅にでないといけないのだろうか。


「まだ、すぐには出ません」

なんとか、自分の心と周りの状況の温度差を埋めるような言葉を口にした。

アトの言葉に、父はなんだか少しほっとしたようだ。そんな表情をするなら、やっぱり、どうして旅になんて行かなくてはいけないのだろうか、などとアトは思った。


周りの忙しさに戸惑って、アトは、庭にフォエルゥを探しに戻った。

「フォエルゥ」


ゴフゥッ!!

フォエルゥが庭の中から勢いよく現れた。

アトは、すっかり着替えた衣類で、フォエルゥを受け止めた。フォエルゥは、アトが転ばないような力加減をよく知っている。フォエルゥは嬉しそうにアトの顔を舐めた。


「フォエルゥ。今日、僕は運命の日だったんだ。それでね、僕は世界を救うって言われたんだ。すぐに旅に出ないといけないんだって」

フォエルゥがアトを優しく見守っているような気分になった。アトは、呟く。

「でも・・・そんなこと、一体誰が決めたんだろう?」

あまりにも一方的だと、アトには思えた。

そういえば、メチルのおばあちゃんの事を、石見の塔の老婆に聞こうと思っていたのにな、ともアトは思い出した。でも、そんなのとても無理だった。


「旅っていうより、なんだか、家出をしたい気分だよ」

ポツリと零したアトに、フォエルゥが慰めるようにグルゥと鳴いた。

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