034.花の都 パンデフラデの司祭
この大陸『ターム』には、中心部東側の皇帝の町ハルンザクト、中心部やや西側の教皇の町ソエンカエラ。そして、この2つの町を中心として、いくつもの町が多く存在している。
なお、東側の町は皇帝の力が強い。騎馬を多く持つため、機動力に秀でており、大胆で明るく強い。何事にもダイナミックで派手好きな町が多い。
対して、西側の町は教皇の力が強い。
穏やかで、どちらかというと静けさを好む。かつ独自の文化を持つ町が多い。
何より、西の町には特に、この大陸の宗教(タルタと呼ばれる)の司祭が必ず一人は存在していて、神の世界や日頃の道徳を民に説いている。
そんな西の町の一つに、パンデフラデという町がある。豊かな土地のため余力があり花の栽培にも力をいれたため、大陸から『花の都』と呼ばれるほど花に恵まれた美しい町である。
そのパンデフラデの唯一の司祭が、老齢にも関わらず、しかも、普段とは異なり、こんな早朝から領主の屋敷へと歩を進めていた。
「ミト師! こんな早くから歩かれては、冷気がお体に触ります!!」
懇願するように、けれどどこか叱るように、その老司祭の後をぴったりついて、白いたっぷりとした司祭見習いの衣装をまとっているのは、その弟子のアルパッサだ。15・6歳で、すぐ先を行く老司祭と連れ立つ様は、師匠と弟子というより、おじいちゃんとその孫、というほのぼのした印象を見る人に与える。
ただ、アルパッサは、幼いころから司祭の館で育っているため、男の子か女の子かさえ、町の者は把握していない。男と言われても女といわれても、どちらでも納得する中性的な顔立ちと背格好をしていた。
「師匠! 昨日まで『ワシはもうダメじゃ・・・』なんてベッドでお粥を食べてらしたくせに! どうしちゃったんですか!」
なんだかアルパッサの声が泣きそうで、ずっとその声を空からの鳥の声のように聞き流していた老司祭は、これはいかんと振り返った。
「なんじゃ、アルパッサ。ワシがあのまま、朽ち果て死んだ方が良いと申すのか?」
司祭のくせに意地悪な老人である。
アルパッサは負けじと反論した。
「そんなわけないですよ! でも、急に動いたら、2・3歩歩いて、突然ポクっと逝かれてしまいそうですよ、心配してるんですよ!」
表現方法に全く遠慮をしない弟子だ。
「フォ、フォフォ・・・心配せんでも良い、アルパッサ」
老司祭はそのアルパッサの物言いを楽しく感じた。
アルパッサが不信感をあらわにして師匠の眼を真っ直ぐに見つめる。
無理も無い。
確かに、昨日までは、この自分自身、もう命の炎が尽きると、その日はもう遠くないと感じていた。もう為すべき事は尽くした。自分の代は終わったのだ、と。
だが―・・・。
「ワシは、まだ死ねん」
老司祭は、アルパッサにはっきりと告げた。
「ワシには、果たすべき任を怠っておった。世の中の小さい枠組みの中で、その任は行うべきでないと思っておった。だが、ワシは間違っておった。ワシには、まだ為す事がある。まだ死なん。死なんぞ」
アルパッサがやっぱり泣きそうな顔になった。
「なんで」
アルパッサが情けない声を出した。
「どうして、昨日まで寝たきりだったくせに、シャキシャキ歩いてるんですか・・・」
老司祭は首をひねった。
それは一重に、アルパッサや皆が部屋に居ないときは、退屈のあまり、色んなところをフラフラ歩き回っていたゆえに、足腰が衰えていなかったからであろう。加えて、栄養バランスを考慮して、皆が食べ物を作ってくれるからであろう。
が、そんな事を正直に言うと、アルパッサに激怒されてしばらくご飯が貧相なものにされてしまいかねない、で、あろう。
老司祭は、しみじみと、深く頷いた。感謝と慈愛に満ちて響く声音で言った。
「これは神のご加護であろう」
はーぁ・・・
アルパッサは、深ーいため息をついた。
***
パンデフラデの司祭、ミト師は、領主の館への道の途中に、例の塔の様子を、弟子のアルパッサと一緒に見る事にした。
それは、領主の城の敷地のギリギリ中、すぐ横に小川が流れる場所に立っている。先々々代の領主が、東の機械技術に秀でた町から技術を提供してもらって建てた風車の塔だ。
だが、このパンデフラデは、残念ながら、穏やかな気候ゆえ、風車が活用されるほどの風が吹かない。結局は使用されない倉庫のような塔となった。せっかくの風車の羽も、老朽化で落下の危険があるので、次の領主の代に外されてしまって塔の部分のみが残る。
そして今は―・・・。
「アルパッサ」
老司祭は、その塔の扉の前に立ち止まった。まるで透かして見えているかのように、見えないはずの奥を見つめた。
アルパッサは、気後れして、数歩、離れたところで老司祭と塔を見守るようにしている。
「アルパッサ。何を怖がる事がある。こっちに来なさい。大事な話がある」
「ミト師、でもそこはー・・・」
「大丈夫じゃ! お前だって、プラム様にパンとお水を差し上げてくれてるだろうが」
それは、このミト師が続けていたお役目を、弟子たちが継いだからに他ならなかった。
ただミト師を慕っての行いなのであって、この塔の存在自体は忌むべきものと思っているのに。
だが叱咤されたこともあって、アルパッサは勇気を出し、老司祭の傍に近づいていった。
「アルパッサ」
老司祭は、ゆっくりと弟子に微笑んで、己の右手をその塔の汚れ果てた、鉄で補強された木の扉に当てた。




