033.少し落ち着いて
「裏切るなんて思ってないわ・・・」
テルミさんがグィンの言葉に弱い声ながらも強く反論したが、グィンはそれをうなずいて認めて、しかし続けた。
「今は、外の商人の娘の救出を考えます。クリスティンには詳しくを聞きます。クリスティン、私には話しても大丈夫だ。イングス様にも大丈夫だ。アト様には・・・聞いてもらう分には構わないだろう。だがアト様は知らない側の人なんだよ」
知らないのだから教えてくれる必要があると思う、とアトは思った。
「グィンさん・・・」
ロバートさんが咎めるような口調で呼びかけた。
「・・・ゥパ、パ・・・ママ・・・」
クリスティンの声に夫婦はわが子を見詰めなおした。潤みっぱなしの瞳は相変わらずで、けれどものすごく訴える目をしていた。
アトにはクリスティンが何を訴えているか分からなかった。
テルミさんがぎゅっとクリスティンを抱きしめた。ロバートさんがテルミさんごと、クリスティンを抱きしめた。
テルミさんとロバートさんには クリスティンの言いたいことが分かったんだろうか。
「僕・・・もう一度、その子を探してきます」
アトは震える気持ちのまま、言った。
「アトロス様。今の時間はいけません」
グィンが静かにどこか冷たさを感じる声でこう言った。
いけません。とは。
「イングス様」
グィンが父を呼ぶ。
見ると、父の向こう、商人が泣いていた。デルボが、なぐさめるように肩を叩いていた。
父がグィンの声に振り返った。こちらの様子を見て、父が言った。
「・・・朝食の用意を。アトロス、着替えてきなさい。それから食堂に。クリスティン、話を聞きたいので、アトロスと一緒に来てもらえないだろうか」
クリスティンが、父の言葉にうなずいた。
アトも自分の身なりに気がついた。そういえば昨日深夜に目覚めてから今に至る。寝巻姿のままだ。
「ロバート、テルミ・・・申し訳ない。クリスティンは、石見の塔の老婆様に、人に言ってはならないと運命を聞かされたようだ。あなた方を大切に思うから、クリスティンにはあなた方に話せない事がある。」
「イングス様は・・・クリスティンの運命を、ご存じなんですか」
と、テルミさんが聞いた。
「いや、クリスティンの運命については、私は知らない。だが、別方面から、クリスティンには、あなた方を大切に守るために、あなた方には言えない事がある、というのを知ったのだ」
ロバートさんとテルミさんは目をふと合わせて、それからクリスティンを優しくなでた。
クリスティンはまたぎゅっと二人を抱きしめるように抱きついていた。
ちょっとうらやましいなと、アトは思った。
***
アトは着替える事になった。
二階の自室で、いつも通りにメチルに着替えを手伝ってもらうと、メチルは、どこか疲れたような怒った表情で、アトに確認してきた。
「アト様、どこに行っておられたんです?」
「うー・・・ん・・・」
秘密、といえば、怒るだろうな、と思って、アトは曖昧な返事でごまかそうとした。
ちなみに、クリスティンは、父イングスと一緒に食堂に先に行った。商人も食堂へと招かれている。
なお、ロバートさんとテルミさんは、1階の、中央階段の右側に位置する『町の人を案内する部屋』で、別に朝食を召し上がっていただくことになった。
どうあっても、ロバートさんとテルミさんには、聞かせてはいけない話、とやらがあるらしい。
アト自身もグィンに『知らない人』呼ばわりされたため、しみじみため息をついてしまう。
とはいえ、自分は『知る人』側の食堂に招かれたのだけれど・・・。
「アト様!?」
ふと黙ったのをメチルに怒られた。
「あ・・・ご、ごめん、考え事を・・・」
メチルがじっとりした目でアトの挙動を見守っている。こちらからの質問でごまかしてしまおうと、アトは思った。
「あの、メチル、今日の朝、どこにいたの?」
メチルはため息をついた。
「お父さんに言われて、お母さんと私とサルトさんは、いつも通りにしていました。ロバートさんたち、ものすごく早く来られて。きっと、霧が消えた瞬間出発したんだと思うんです。でも、来られた時は私は気づいてなかったんですけど、その後ワイワイ騒がしくなって、それで行ってみたんですけど、もう何かケンカしてるみたいで・・・」
メチルはアトの上着のボタンを留めながら話す。
「でもお父さんに、『普段の事をする者も必要だ』って言われて。朝食作ったりとか、お召しものの用意とか・・・それで、お母さんと私とサルトさんはいつも通り。でも私は、アト様が全然呼び鈴鳴らさないから、おかしいなぁって!」
「ご、ごめん・・・」
話が戻ってきた。何か良い、誤魔化せる返事は無いだろうか。
「あ、お、お腹が痛くて・・・トイレに・・・」
「何言ってんですか!! 探したけど、居られなかったです! おトイレ!」
ち、調査済みだったとは・・・。
だめだ、嘘もつけない。サァッと冷や汗が出てきた。
「はい!」
パンパン、と、メチルが、いつもより乱暴に服のしわを叩いた。
「あ、それからアト様」
「う、うん」
「イングス様が、『無理せず少し眠るように』と仰ってました」
「え?」
確かに、言われてみれば眠い。結構眠い。気がしてきた。でも、食事は・・・。
「どうされます?」
メチルが下からのぞきこんできた。
「昨日、寝ておられないんですね?」
「うーん・・・夜中に目が覚めちゃったんだ・・・」
「で、ウロウロと?」
「うん・・・」
「イングス様は、お見通しなんですね」
そりゃそうだろう、だって全て知ってるのだから。
というより、メチルの方がお見通しっぽい・・・と、アトは思った。




