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032.クリスティンに

父は商人に話しかけている。商人は怒鳴り声を強くする。父はグィンと顔を見合わせ、それからまた二人で商人に話しかけている。

クリスティンはテルミさんに抱きしめられている。


アトは立ち尽くしていた。何をどうすれば良いのか まるで見当がつかなかった。


と、クリスティンが濡れて腫れぼったい目を上げて、アトを両眼で見つめた。

アトはドキッとした。まるで呼ばれたように、アトもクリスティンを見詰めなおした。


クリスティンはまだしゃくりあげつつも、ぐっと顔を上げてアトを見詰めてくる。

何かを目で話しかけているぐらいに、何かの意志を感じた。けれど、何を訴えているのかアトには掴めなかった。

アトはクリスティンの方に歩み寄った。

クリスティンは口を開きかける。しかし口を開きかけると泣き声にしかならないようで、またウェと声をだすとボロボロと泣いた。


アトは、そんなクリスティンを見詰めてから、クリスティンの母であるテルミさんに、

「一体・・・・?」

と、まるでアト自身が助けを求めるかのように尋ねた。


テルミさんは首を振った。

何も知らないのか。そう思ったが、テルミさんは首を振った後に、アトに答えた。

「あの、商人の方の、娘さん-ダロンちゃんを、クリスティンが家に連れてきた、の。でも、居なくなってしまったの」

「居なくなったって・・・」

そう、自分は詳細を知らないのだった、とアトは今さらに思った。

どういう経緯で、その子が、あんな奇異な世界にいるかもしれないという話になったのだろうか。


「それが・・・」

テルミさんは言い淀んで、また自分に抱きついてぐしょぐしょに泣いているクリスティンの頭を見詰める。

その様子に、詳しいことはクリスティンしか知らないようだ、と、アトは思った。


アトは口を開きかけた。

けれど、無責任なこの場に相応しくない何かを言ってしまいそうで、結局何の言葉も出てこない。


「アトさまが、探してくださると、この子は言ったの。それに、大変な事が起こったに違いないと思って・・・霧が晴れるのを待って、イングス様に、相談しなくてはと思って」


あぁ、そうか、もう朝なんだ、と、アトは知った。

朝になり、霧が町から引いて、町の外への扉が解除されて・・・解除されるや否や、クリスティン親子はこの居城に来たのに違いない。


アトは商人たちを振り返り、見た。

どういうタイミングかどういう流れか、商人も、この親子がここに来たことで、自分の娘が行方不明だと知ったのだ。

それで、皆で、自分の帰るのを待っていた。

その子を連れて帰ってくるだろうと―――。


「クリスティン」

小さく囁いたのは、テルミさんだった。クリスティンの髪を撫でていた。

「アト様に、お話できる・・・? クリスティン。大切なことは、言葉にしないとうまく伝わらないことも、たくさんあるのよ・・・」


クリスティンは、ぐしょぐしょの顔で、泣き続けたままで、うずめた頭を上げてテルミさんを見た。

また声を出そうとして、もっと泣き顔になった。


誰か 助けてあげて


アトは思った。


誰か、クリスティンを助けてあげて。

言葉にうまくできないんだ。


「クリスティン」

テルミさんが囁くように語りかける。

「パパもママも、ね、アト様もいるわよ。何も心配しなくても良いのよ。お願い・・・皆、助けたいと思ってここにいるの。ダロンちゃんを、探すために、お話してほしいの・・・」


クリスティンは、テルミさんを見上げた。

迷っているのが、アトが見ても分かった。これは 言葉にできない、というのではない。クリスティンは、それを話すことを迷っている。


「大丈夫よ。パパとママは、クリスティンと一緒に居るわよ」

「あ・・・」

アトは、口を開いていた。

発された声に、テルミさんが、アトを見た。


「あの・・・」

アトの出した声は、乾いていた。

話そうとして、自分でも気づいていなかった、クリスティンへのお詫びの言葉がアトの胸にあふれた。


ごめんなさい。僕は、何もきちんとできていなかった。


ごめんなさい。

セレスティンなんて呼んでからかってて、今まで全く対等に話そうなんて思ったことも無かった。


自分を恥ずかしい、と思った。アトの顔が赤らんでいった。

アトは言葉を探した。

「あの・・・」


クリスティンが、アトを見ていた。泣き声を呻くようにもらしながら。


アトはずっと言葉を探した。かける言葉が分からなくて。


クリスティンの方が、その間でやっと気持ちを言葉にできた。

しゃくりながら クリスティンがアトに話しだした。

「おね、がい、です。あの、ね」


「クリスティン、待ちなさい」

突然、制止の声が間に割って入った。

アトは驚いて声の主を見た。父の補佐役のグィンだった。

「・・・私は知っている方の者だよ。だが・・・注意を受けただろう?」


グィンは商人を、父とデルボに任せて、こちらに歩んできていた。

いつものように、静かなどこか感情を落としたような声で、グィンが言った。

「申し訳ないのですが・・・ロバート、テルミ・・・。語れる人にしか語れない話というのがあります。クリスティンは、あなたたちには、話してはならない話を持っています。それを認めてやってください。あなた方を裏切っているわけではありません」


グィンの言葉は、いつも『言った』というより『告げた』という感じがある、とアトは思う。この時も特にそう思った。

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