031.現実
玄関ホールに多くの人が集まっていた。
見て右側に、大柄の庭師、デルボ。
それから、あれは外からの客である、商人。叫ぶように話している。暴れようとしているようにも見えて、デルボが・・・両手を広げて、なだめている?
父の補佐役のグィンも居る。グィンも両手をひらげて、商人を制止するようにしながら、話しかけている。同じ単語を何度も繰り返している。
もう一方の左側には、一組の家族。
床屋のロバートさんだ。テルミさんと、それから、テルミさんに守られるように、テルミさんに抱きついているのは・・・。
アトはドキッとした。
セレスティンだ!!
学校の一つ下のクラスの子。
なぜ、ここにセレスティンが?
泣いているのが分かる。顔が真っ赤だ。大分泣いた後? でもまだ泣いている、そんな雰囲気で。
『可愛そうなクリスティン!』
アトの脳裏に、母があの部屋で言った言葉が蘇った。
アトはハっとした。
『クリスティンって子、学校で知ってるわね?』
あの時、知らないと答えたアトに、母は不思議そうにした。
クリスティン!
思い出した。それは、自分たちが『セレスティン』と呼んでいる子の、本当の名前だ。
“偉大な建築家・クリスティンっていうより、いたずら妖精のセレスティンみたいだよね”
皆で、セレスティンと呼んでいた。だから、呼ばない本名など忘れていた。
アトの脳裏に、学校でルナード先生に怒られているクリスティンの姿が蘇った。
そうだ。
クリスティン。彼も早くに、運命を聞いた。
何? 運命?
目の前の光景と、今繋がった現実に、アトは血の気の引く思いがした。
「皆さん、お待たせした。アトロスが戻りました」
父の声に、アトは我に返った。
父は、アトを抜かして半歩先に立っていた。
皆が一斉に、息を飲んで自分たちを見た。
視線がまるで空気の塊のように、アトを打った。肌が、皮膚の表面が、ピリピリっと震えた気がした。
「居ましたか!?」
一番に聞いたのは、床屋のロバートさんだった。
「○△×@**・・・!?」
ロバートさんを一瞬見て、外の商人も大きな声を出した。
父は、かぶりを振りながら答えた。
「△%◇*・・・#◎。 アトロスが向かったところには、おられなかった」
ふわぁ、とも、ウワァ、ともつかない声を上げて、大声で泣きだしたのはクリスティンだった。
商人は一瞬あっけにとられたような呆然とした表情を見せたが、まるでどこからか力が入り込んだみたいに、ビクンと、跳ね上がったように身振り手振りを大きくして、叫び出した。
「!◇%・・・##*▽、△&・・・!!」
アトたちの方に向かいかけて、また突然気がついたように、アトたちよりもまだ商人の近くにいるロバートさんに迫ろうとする。
体の大きなデルボがそれを制止にかかる。
「落ち着いて! 落ち着けって!」
「◇◇▽・・・! ◎%&・・・!」
グィンも、きっと商人に分かる言葉で、きっと、落ち着くようにと話している。
「イングス様・・・」
テルミさんが、クリスティンに覆いかぶさるようにクリスティンを引き寄せていて、すぐ傍に怒声が飛び交っているのを、そちらなどまるで聞こえていない様子で、じっと真っ直ぐに父を見つめていた。
「どうすれば・・・何をすれば・・・」
父はゆっくり頷いた。
「娘さんの本当の名前を聞けば、探す手がかりになるはずだ」
父は、暴れる商人に、歩み寄った。
商人は、体をデルボに抑えられながら、自由になる口で大声で叫んでいた。
何を言っているかアトには分からない。言葉が分からない。けれど、口調、その目つき、殴りかかろうとするその手足、グィンのなだめるような様子は尋常では無くて。アトには理解できなかった。
なぜ、そんなに怒る? なぜ、一人でそんなに・・・まるで、皆が敵だと言いたげに・・・。
いや、そう思っているのだ、と、アトはやっと理解した。
不信感を持っている、と、先ほど、あの不思議な部屋で父が答えていた。
そうだ。こちらを信じていない・・・
つまり?
たくさん泣いただろうに、また激しく泣いているクリスティン。
テルミさんも泣いている。
つまり・・・?
フォエルゥはどこ、と、アトは思った。
何故だか急に心細くなって、心でフォエルゥを想った。
一緒に居てくれる友達。家族。
つまり
そうだ
商人は
自分の娘を、この町の人が隠したとでも思っている。
どうして? そんな馬鹿な。
いや「信じない」とは そういう事だ。
この町の人が善良である事を、信じていないのだ。
泣いている。クリスティンがワァワァと泣いている。
商人が、怒鳴っている。
なぜ?
母のような人が脳裏で繰り返す。『可愛そうなクリスティン!』
アトは ゾッとした。
自分は聞かされた。商人の娘が居なくなったと。
だから探してきてと。
自分には簡単にいける場所にいるだろうと。
受けた。
受けたけれど。
アトはゾッとした。
自分は、現実を
人が居なくなったという現実を
きちんと、理解しなかった。
アトはゾッとした。
なぜなら、
自分はあの奇異な世界に行ったくせに。
何かを為した、尽くしたとはとても思えない状態で。
こんな風に、この場に戻ってきたのだから。




