025.叫び
アトと、黒いフォエルウは歩き出していた。
ちなみに、黒いフォエルゥは体は大きいが、体力はすこぶる無いようだった。一生懸命歩を進めているのは感じられたが、一歩一歩に時間がかかった。
これが黒いフォエルゥの全力の歩みだろうとアトには思える。だから急かそうとは思えないが、正直、このままではあの金茶色の瞳の主に会うのが難しくなるんじゃないだろうかと心配になった。
あの金茶色の瞳の主はとても早くここを走り去ってしまったし、追いかける自分たちはとてもとてもゆっくりにしか歩けないのだから。
まぁ、しかたがない。
アトは黒いフォエルウを待ちながら、ふと、チラリと後ろを振り返って、出入り口の場所を、何度も何度も確かめた。
そのうち、意識をすると、出入り口が穏やかに一瞬光る事が分かった。
何度も振り返って黒いフォエルゥを待ち、何度も出入り口が光るのを確かめた。
出入り口の場所を示す光は、この白い中でも、離れていっても、きちんと見えた。
確実に見えることに、アトは安心した。帰り道に迷う事は絶対無いようだから。
そして、黒いフォエルウがまた一生懸命自分に追いつき、隣に並んだのを確認して・・・。
「・・・あれ」
アトは気づいて呟いた。
遠く、前を見渡す。白いばかりの地面が広がる世界を。
・・・しまった、後ろばっかり確認していて、どっちに行けば良いのか、方向を見失ってしまった。
アトは茫然と前を見つめたが、すぐに諦めるような気持ちになった。戻れる事は分かっているって、なんて心強いのだろう。
迷っていても仕方が無い。前へは、とにかく検討をつけて進むしかない。
そうだ、大声で、金茶色の瞳の主にこっちに来てと、呼んでみるとか・・・?
アトは、またようやく隣に追いついて、肩を上下させて呼吸をしている黒いフォエルウに声をかけ・・・ようとして、控えた。あまりに辛そうだ。
「ちょっと、休もうか」
一言言うと、黒いフォエルゥは、どうっと地面にしりもちをつくようにへたり込んだ。
しまった、思う以上に疲れさせてしまったみたいだ。それにしても、こんなに体力が無いなんて・・・。
「キミ・・・」
しりもちをついている黒いフォエルウと、立っている自分とは、背丈が同じぐらいだ。
アトは黒いフォエルウの横に立ち、その黒いけむくじゃらの頭に、自分の額を、ゆっくりつけた。腕の先がないアトにとって、フォエルウとはよく顔と顔を近づけて挨拶するからだ。
黒いけむくじゃらの頭は酸っぱい匂いがした。
「キミ、大丈夫?」
触れる事で、何か分かるのではないかと思ったが、毛むくじゃらすぎて、体温も何もよく分からない。
“・・・ぐぅ”
アトは額を離した。
とにかく、やはりちょっと休んだ方が良いみたいだ。というよりも、ちょっと歩いたら、たっぷり休んだ方が良いかもしれない。
黒いフォエルウの横にアトも座り込んだ。
これから、どうしようかな。
アトは空を見上げたくて、ごろんとそのまま仰向けに寝転がった。
空は赤紫色で、けれどどこか白っぽくて、ぼんやりしていた。
「変な色の空だね」
アトは隣のフォエルウに語りかけた。そして、ふと気がついた。
「キミはどこから来たんだろう? もしかして、キミのところの空は、また違う色をしているのかな」
“・・・”
アトの隣から、フーッっと、深い呼吸のような、長いため息のような音が聞こえた。
アトが隣を見やると、黒いフォエルウは、また、長い息を吐いた。
フー・・・
“ォオア・・・”
「!!」
アトは、飛び起きた。
黒いフォエルウが、青い光を放ち出したのだ。
フー・・・
青い光は、クルクルと小さく円を描きながら、黒いフォエルウの体のあちこちを飛び交った。
「な、何それ? なに、してるの・・・・」
“・・・ウォ、ヲ・・・?”
黒いフォエルウが、不思議そうな声をだした、ような、気がした。
自分の方に首をむけ、自分を見た、ような、気がした。
「・・・えっ・・・」
黒いフォエルウの輪郭が、二重に見えた。三重になった。
“・・・オ・・・”
一瞬の青い影のような光を残して。黒いフォエルウの姿が消えた。
***
視界が、ふいに、暗くなった、と感じた。
声も、急に、聞こえなくなった。
ついさっきまで、自分に、確かに、この自分に向けて、語りかけていた声。
どこへ行った?
どこへ 去った?
立ち上がろうとする
ゴン、と、斜めの柱に頭をぶつけた。
イタイ
あぁ、そうだ、注意が必要だ
ここには、斜めに・・・
この
部屋
この
部屋
部屋
いつも の
ここは
どうして
どうして
なぜ
戻ってきた のか
ここは?
あぁ
“オォオオオオオオオオオオオオ・・・!”
閉ざされた空を見上げて 体の中から声を絞り出した
“オォオオオオオオオオオオオオ・・・!!”
“オオオオオオオオオオオオオォオオオオオオオオオオオオ・・・!!”
イヤだ
帰して
こんな所には 戻りたくない
帰して
あの 誰かが傍に居た場所に
あそこに帰して!!
***
耳というよりも、むしろ体の奥に響くような声に。
まどろむように、生きるように、たゆたうように、もう逝くように。眠りについていた町の司祭が眼を覚ました。
“オォオオオオオオオオオオオオ・・・!!”
狼? いや、これはヒトの声。




