022.アトと黒いフォエルゥ
アトが帰り道について思ったとき、視界の端で何かが光った。
目をやると、長方形型が右上に浮かび上がっている。
もしやあそこが出入り口だろうか。じっとアトは見つめた。
この白い世界は、いまいち、どこが何もないところで、どこが地面なのか分かりにくい。
中空に浮いているように見える長方形型に、アトはここに来てからのこと思い出そうとした。
踏み出した足、何も無くて転落、右からの助け、右上に・・・引き上げ、られた?
そう。右に見ていたはずの翼の人の、背後に引き上げられていた。それで、坂を転がって、黒いフォエルゥの居る場所に移動・・・。
ということは、この四角い形が出入り口ならば、向かって左側からなら道が繋がっているのかも。憶測だけど。
「僕、ちょっと、あそこに入れないか見てくるからね」
アトは、そばにいる黒いフォエルゥに声をかけてから、自分が推察したルートを歩いた。左前に向かって進むと、案の定、上り坂になっている。それから、右のあの出入り口のところに・・・ズルっと、アトはすべり落ちかけた。
ゴスッ!
“オォオオオオオオオオオォオオオオ!!”
「タっ、あっ、ご、ごめん!! ありがとう!」
アトは驚いて慌てた。ゆっくり自分の後をついてきていたらしい黒いフォエルゥが、アトが落下した位置に丁度立っていた。坂の上を登って回りこんでいたから、足を滑らせて落ちかけた結果、丁度下にいた黒いフォエルゥの頭と背中付近に着地してしまったのだ。
“オォオオオオオオオ・・・ゥウウウウウウウウウウ・・・”
「ご、ごめんごめん・・・」
両腕で、頭を触りかけたが、両腕を下ろすとバランスを崩して倒れてしまいそうだった。黒いフォエルゥはよろめいている。
「ごめん・・・」
詫びながらバランスを保とうとしているアトの真横に、あの長方形が流れ込んできた。
「・・・あ・・・」
真横に来たので、アトは両腕をグィ、と、あの長方形の枠に押し込んだ。あまり広くないので、両枠に腕をかけることができる。
そのまま体を持ち上げる。中を覗きこんだ。
向こうは、白い場所。今いる場所とはまた違う。まるで光源のような白さ。今居る世界の白さは、反射光のような白さ。似ているが異なる場所。
あぁ、ここが出入り口。アトは目を細めた。真っ直ぐ真っ直ぐ来たはずだ。真っ直ぐ真っ直ぐに、あの母がいる部屋に辿りつく。
じっと見つめる。
大丈夫。帰り道は、確かにここにある。
***
出入り口に腕をひっかけて上半身だけ向こう側に乗り出した状態で、アトは足をじたばたした。
“ォオオオオオ!!”
「ご、ごめん!!」
黒いフォエルゥの頭を蹴ってしまった。詫びながら、アトは頼んだ。
「ごめん、降りられないんだ。悪いけど、キミの背中に降りて良いかな?」
“オオオオオオオオ!!”
なんだか激しく非難されている気がする。アトはそれでも、黒いフォエルゥの背中に再び立ちおり、そこからは地面に転げ落ちた。
「イタ!」
“ウォオオオオオオオ!!”
「ご、ごめん。でも、ありがとう」
しりもちをついた状態で、黒いフォエルゥを見上げた。すぐ傍にヌッと立つ黒いフォエルゥはまるで壁のようだ。アトは感嘆するように言った。
「それにしても、キミ、大きいね」
“オォオオオオ・・・ゥ”
アトの言葉が意外だったのか、黒いフォエルゥが少し大人しくなった。
アトはふと思った気持ちをそのまま語った。
「僕は、キミを、なんと呼べば良いかなぁ」
“ォ・・・”
「名前・・・。僕が勝手に呼んでも良いのかな。うーん」
聞いているだろう黒いフォエルゥのために、心の中をそのまま呟きながらアトは考える。
黒いフォエルゥは黙ってしまった。じっと、アトの次の言葉を待っている、ような気が、勝手にする。
「・・・フォエルゥっていう、僕の、家族で親友の、白い大きな生き物がいるんだ。僕は本当に好きなんだ。キミは、キミがどう思うか知れないけど、キミを見ると、僕はフォエルゥに似てるって思ってしまう」
アトは考えながら、昔のことをも話すことにした。
「『フォエルゥ』って、鳴き声からそういう名前にしたんだ。始め、『フォゥッ』って鳴いてたから。その後に『ルゥゥ』って鳴く。だから、僕は、それがフォエルゥの鳴き声だと思って、『フォエルゥ』と名付けた」
まぁ、実は名づけの理由はメチルの方が覚えていて-というのは、アトは当時幼く、年上のメチルの方がちゃんと覚えているからだ-メチルに「何言ってんですかアト様ー! 『フォエルゥって鳴くから、名前はフォエルゥだよね』って言ったの、アト様ですよー!!」と、言われた事があった。ちなみにメチルは『シェリーちゃん』とかつけて欲しかったらしい。それは似合わないと思うんだけど。
アトは話し続ける。
「仲良くなるにつれてわかったんだ。フォエルゥが『フォッ』と鳴くのは、警戒してる時なんだ。小さく喉を鳴らして『ゥー』ていうのも、様子を伺っている時の声。両方、威嚇の時の声だった。甘えたら、フォエルゥは、太く『グルゥ』て言うようになった。喜ぶとたくさん『グルグル』って言うんだ。もし、初めから、僕が本当の鳴き声を知ってたら、きっと別の名前にしてたと思うな」
例えば、グルグルゥ、とかね。




