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020.ペンダント

どうしよう、困ったな。


アトが振り返ると、黒いフォエルゥが、

“ォ・・・ゥ”

と声を出した。それから、ゆらりと頭を前に揺らし、黒い長い波打つ毛の中から、ニュ、と二本の両手を地面に突き出した。それは人の手に似ていた。

どうしてもフォエルゥに似ているという意識が強くあるアトは、ギョっとした。


“オォ・・・オゥ”

黒いフォエルゥが吼える。耳で聞く以上に、体を振動させる声だ。ユラァリと、立ち上がった。


なぜだか黒い影ばかりが見えて、姿かたちがよく捉えられない。

長い毛が全身を覆っているのは分かる。伸びる足の甲は人間のそれに似ている事も。

腕は、また長い毛の間に隠れてしまった。

顔に当たる部分は推察できたが、目や、耳や・・・顔のパーツが見えない。

背が高く、大きい。アトの背の2倍はある。背中を丸くして立っているから、もし背筋を伸ばしたなら、さらにその差は開きそうだ。


人間?

それとも、目の前に居るのは、自分とは違う世界の人間なのだろうか?


戸惑いながら、アトは親近感を持ったままだった。自分の家族であり親友である、フォエルゥに似ていると思えてしまうから。


アトは名乗る事にした。

「僕は、イシュデン=トータロス=アトロス」

普通なら、この名前を聞けば、アトがイシュデン領主の家の者だと分かるのだけれど。

「良かったら『アト』と呼んで」


黒いフォエルゥとアトは至近距離にいた。アトはその距離に慣れていた。本物のフォエルゥとはもっと近くで、額をつけたり鼻をつけたりなどするのだから。


“・・・ォゥ”

黒いフォエルゥが、どこか静かな戸惑ったような声を出した。

「キミは・・・?」

尋ねて、アトは見つめる。

フォエルゥとは意思の疎通がはかれるから。言葉がなくても問題ない気がする。


「キミは・・・」

“ウ・・・オ・・・ゥ・・・”


アトはジィと、顔だと思われる部分を見つめた。

黒いフォエルゥが、自分の言葉をどれだけ把握してくれているか、また、その声が何を表しているのか、正直分からない。向こうがどんな風に自分を見つめているかも。

それでも、語りかけた。

「ねぇ、僕、さっきのあの人に、聞きたいことがあるんだ。だから僕もあっちに行こうと思うんだけど、キミも、来る?」

黒いフォエルゥは、自分を、ジィと見つめているような気がした。何も分からないから、自分がそう思いたいだけなのかもしれないけれど。


声をかけて、とりあえずアトは歩き出した。先ほど、白い人と、金茶色の瞳の主が向かった方向だ。


ズ・・・。

後ろで巨体が歩む気配がした。振り返ると、黒いフォエルゥが、ゆっくりと、足を踏み出しているところだった。


あぁ、一緒に来てくれるんだ。アトは嬉しく思った。


それから、気がついた。

黒いフォエルゥの、歩き方は妙だ。

足を踏み出し、グラリ、と傾きかけて止まる。そして、片方の足を、地面にこすり付けるように、持って来る。

大分と、年寄りなのだろうか。それとも、やはり、人間ではなくて、こんな風な歩き方をする生き物なのだろうか。


自分の言葉が伝わっているのは間違いないようだが・・・。

そういえば、とアトは思い出した。

母は、暖炉に向かって、アトにはわからない言葉を話していた。けれど、ここの言葉はわかるようだ。なぜかわからないが、良かった。


母を思い出して、アトはペンダントの事も思い出した。

あれ。首に、ペンダントがかかっているような感じがしない。

アトは首をグっと下に向けて確認した。


ペンダントの影も形も無かった。

「・・・」

・・・実は、あるけど、見えなくなっているとか?


アトは、顔をしかめながら、キョロっと、周囲を見回した。

まさか、落とすようなことは・・・。


そういえば、この場所に来て、いきなり落ちたっけ・・・。視界の流れ方を考えると、体を前に回転するような形でどこかから落ちた気がする。


つまり・・・。もう落としてしまった・・・? なんか、大切にした方が良さそうな、あのペンダント。

ええと、どのあたりだろう。


***


リーン・・・リー・・・ン・・・


『・・・ト・・・』


リー・・・ン・・・


『ァ ト・・・・・・』


翼で空を飛ぶ。スミカに向かう。その中で、自分の羽音に混じり、別の音が空間を渡っているのに気がついた。あまりにも細い音で、幻聴かと思ったが、確かに空間を細い幅で震わせている。

翼を停め、中空に浮かんで耳を澄ます。


と、別に聞きたくも無かった、別の声が耳にストンと届いた。

“ンカアァアアアー!!!!!”


セフィリアオンデスか。

背中に白い翼を持つ、この世界の住人、トートセンクは眉を潜めた。


さっさと帰れ。

と、心の中で、告げる。


リー・・・ン・・・


また美しい音がした。この響き。心地良い。

それから、トートセンクは、この音がセフィリアオンデスと一緒にこちらに向かってくるのに気が付いた。


どういう事だ。今までセフィリアオンディスからはこんな響きを感じた事はない。

一度自分の世界に帰って、あの音を連れて再びこちらに踏み込んだのか?

それに、なぜあれは自分の羽根を狙うのか。


リー・・・ン・・・


『・・・ア・・ト・・・、ス・・・』


トートセンクは、ハっと身を震わせた。

この声は!? セフィリアオンデス? いや、出せる声の質がアレとは違う。どういう事だ。


まさか。

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