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002.アトの運命

本当に良い天気だった。

アトは、北西への道をテンポよく歩いた。石見の鏡にすんなりたどり着く。ただし、その淵にある、池に落ちて亡くなってしまった人たちを弔う墓は少し避けつつ歩いた。近寄りすぎると、一緒に引き込まれてしまいそうな気持ちがしてしまうから。


アトの耳元を、ブゥン、と羽音をたてて、赤いルビーみたいな実をひっさげた足の長いハチが飛んでいった。それに気を取られて、アトはもう少しで地面に張り付いていたカエルを踏んでしまいそうになって慌てた。このカエルは、アトたちが小さい頃に友達と勝手に『復讐ガエル』と命名するぐらいに厄介で、うっかり踏みつけたが最後、ついた体液を目印に、集団で仲間を殺した相手を襲ってくる。つまり、絶対踏んではいけない。危ないところだった。


注意深く歩いて、石見の塔にたどり着く。


石見の塔の扉が開いている。初めて見る光景に、一気に気持ちが昂った。


***


一歩。踏み出すと、目の前がポゥと明るくなった。

目の前には、あまり意外でもない光景が広がっていた。話を聞いて、たくさん想像した通りの光景で、むしろ想像より随分とくたびれていて現実的だった。


父は、よく話してくれた。

『塔に足を踏み入れると、突然光を感じる。踏み入れる前には真っ暗に見えたのにも関わらず、な。さきほど、塔に足を踏み入れたばかりだというのに、なぜだか塔の上の方にいるようなのだ。左側に、窓が一つあいていて、このイシュデンの領地が見渡せる・・・とても高いところから見る景色なのだよ。思わず、この父は振り返ってみた。自分が今入ってきたところを。「ここは建物の一階のはずだ」と、な。ところがどうだ・・・』


アトは、父が昔にしたように、後ろを振り返ってみた。壁だった。どこにも入り口はなかった。今さっき、通ったところなのに。

しかしアトは驚かなかった。話を聞いて知っていたことそのままだったからだ。

アトはなんだか変な気分になった。どうも、昔から話として聞いていた時の方が、面白かったような気がする・・・。


いや、でもこれで良い。お陰で、自分は落ち着いている。大切な言葉を聞き漏らすことも無い。自分はスムーズに運命の言葉を聞けるはずだ。


アトは、父や、たくさんの人たちがやってきたことと同じに、静かに部屋の中にいる老婆様に歩み寄った。

すると、老婆が・・・・。


「・・・」

あれ、と、アトは少し焦った。塔の老婆が、自分に全く気付いていない。話に聞いていた状況と違う。


声をかけるべき?

どうして気が付いていないのだろう。

今日はアトの運命の日だ。老婆様はそれを知っているはずなのに。


アトは困って、老婆の様子をじっと見た。


石見の塔の老婆様は、酷く年老いていた。小さくて細くて動きも遅くて、腰もすっかり曲がっている。髪の毛はまだらに白くて、ボザボザで伸びっぱなしだ。

年齢なんてさっぱり分からないけど、100歳は超えているのだろうと思った。でも石見の塔の老婆様が何年生きているかなんて、誰も分からないような気がする。


老婆様は、丁度椅子から立ち上がったところのようで、今は、ゆっくりとゆっくりと、窓側の近くに歩み寄ろうとしている。何かを探しに行く途中だろうか?

アトは、自分が今ここに居て良いのかさえわからなくなった。いや、とにかく気付いてもらおう。


「あの・・・」

思い切って声をかけてみた。しかし、全く老婆様の様子は変わらない。

聞こえていない?

おかしいな、もっと、全てにおいて万能な、神様みたいな老婆を想像していたのに・・・。町で繕い物をする仕事をしている、耳の悪くなったヨリエお婆ちゃんの方が、どうももっとしっかりしている。


アトは勇気を出した。息を一度吸ってから、はっきりと言った。

「おはようございます、石見の塔の老婆様! 僕は、イシュデン=トータロス=アトロスです! 今日は、僕の運命を聞きにきました! 僕の運命を教えてください!!」


老婆様が、ふと、顔を上げた。

アトははっとした。

老婆様は呟いた。・・・アトではない、誰かに向かって。

「おぉ・・・? そうかね、そうか、お客さんが来ているのだね。どこに・・・ふむ、おぉ、ありがとうね」

別の誰かと話しているみたいだ。けれど、ここには他に誰もいない。

老婆様は、窓へ歩み寄るのを止めて、ゆっくりゆっくり、アトへと顔を向ける。


真っ白な目が、アトに向けられた。アトはぎょっとした。

何を見ているか分からない目だった。そのくせ、まるで全てを見ているような・・・まるで、見えちゃいけないものまでも見えているような・・・。

アトは声が出せなくなった。


老婆様はゆっくりゆっくりと、時々、何かうなずいたような風に首をふりながら、アトに近づいた。

「こっちへ、おいでなさい。こっちへ・・・」


呼ばれて、アトは恐る恐る、老婆様に近づく。

老婆様は、両手を、宙に浮かして、ここに居るものを探している。触られて良いものだろうか、と、アトは怖さで迷った。


でも・・・大丈夫、だって、僕は運命を聞きに来ただけであって・・・だから何も怖いことなんて起こらないはずだ・・・。

アトは、両腕を老婆様に向けて差し出した。すると、義手の部分を超えて、老婆様はアトの上腕を掴んだ。

「おぉ・・・ここに居たんじゃな」

アトはさらに面食らった。老婆様には、自分の姿が、見えていなかった?


そして、老婆様はまるで『手』を取ろうとしたように、上腕から手を滑らせて・・・肘のところの、木製の器具のあたりで違和感を感じたらしい。

そのスピードを落とし・・・ゆるゆると、木製の義手の部分に手を動かして、事実に気付いて・・・義手と、肘と、やや上腕を・・・老婆様は、なんどか手を往復させた。

「あぁ」

老婆様は呟いた。

「あなたは・・・イシュデン領主どののご子息・・・じゃな。えぇと・・・あぁ、そうじゃ、そうじゃな、アトロス様じゃ」


自分がくることを、知らなかった?

この人は、本当に、石見の塔の老婆様なのだろうか? アトは俄かに疑いの気持ちを持った。

 

アトが眉をしかめて、確認しそうになった時。

老婆は、アトの木製の義手に、その額をつけた。そして、言った。

「アナタハ セカイヲ スクウダロウ」


老婆様は、顔を上げ、その白い目でアトを見つめた。

「アトロス様。旅立ちなさい、今すぐに。あなたの行動が世界を救う、そのために」

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