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019.4人

“ォ・・・”

目の前の黒い巨体は、一体何が起こったのか把握できていない様子だ。


「ご、ごめんね・・・。キミに当たるつもりじゃなかったんだけど・・・」

アトは、立ち上がろうとした。


〝ウォオ・・・・”

黒い巨体は、まだ声を出しながらも、動く気配が無い。


アトは間近で見て、あぁ、やはりフォエルゥでは無い、と思った。もっとも、黒い時点で、フォエルゥで無いこと位分かっているのだが。


しかし、似ている、と、アトは思った。体全体が、長い毛で覆われているせいだろう。


とはいえ、フォエルゥの白い毛は、毎日ブラッシングしたり、庭師のデルボやサルト始め、メチルやマチルダさんが水浴びなどをさせてやったり色々しているので、フワフワ風通りが良い毛質である。


目の前の黒い巨体の毛は、一本一本が波打っており、油なのか、黒々と光っていた。

そう気付いた途端、ツンと濃い体臭がアトの鼻をついた。酸っぱい。臭い。何か色んな匂いが混ざっている気がする。全く水浴びなどしていない感じだ。


それからアトは、目の前の黒い巨体から出ている足の甲に気付いてハっとした。

やはり黒ずんでいるそれは、フォエルゥの脚とは全く似てもいず、むしろ人の足の形をしていた。


まさか、黒いフォエルゥは、人・・・?

アトは瞬いて、大きな黒い巨体をもう一度見つめなおそうとした。


「何をしに・・・ウアアアアアアアアアアア!!!」

背後から、悲鳴が聞こえた。ギョッとアトは背後を振り返った。

少し離れて、宙に浮かぶ白い人-長身で長い髪、白い衣に黒い帯を締めている-が、両腕を上げ、両手で背中を触ろうとしている。背中のあたりから、やや黄色っぽい光が流れ出るように浮かんでいる。


一体、どうしたと言うのだろう。


さらに向こう、金茶色の髪に黄土色の服を着た人が、一目散に向こうへと走り出したのが、見えた。先ほどアトを助けてくれた、あの人だ。


「おのれ・・・異世界の住人どもが!!」

白い翼の人が、バサっと翼を動かし、さらに飛び上がった。背中から、黄色の光がパァっと散るのが見えた。

「待て! この盗賊が!! セフィリアオンディス!!」


一体・・・。

アトが事態についていけないと自覚する中、瞬きの間に、金茶色の瞳の主は白い翼の人に捕獲された。


「このケチ! 羽根の一枚ぐらいどうってことないだろ!」

金茶色の人が、喚いている。

どうやらあの人は、白い人の背中の羽根を狙っていたようだ。そして、一枚もぎ取ったらしいけれど、すぐに取り返された様子だ。たぶん。


白い人はすぐに金茶色の人から離れて上空に浮いた。

アトの居る場所からはやや離れているが、低い言葉がはっきりとアトの耳にも届く。

「盗人猛々しいとはこのことだな」

恐ろしく冷ややかな声だった。あの白い人は金茶色の人が嫌いなのだろう。

まぁ、それもこの状況を見ると仕方が無いだろうな、と、初見で第三者のアトでさえ思った。


「一枚ぐらい寄越してくれたって良いだろ! 羽根を返せ!」

「お前に渡すはずがない。身の程をわきまえろ」


白い人は、言い捨てるようにして、背中の羽根をバサッと動かし、左へ立ち去る気配を見せた。

「返せ! 奪った羽根はもう私のものだ! 私のものだぞ!」

金茶色の人が喚いている。


ふと、白い人が、アトたちの事を思い出したかのように、見た。

アトは若干ぎょっとした。悪いことをしたわけでもないのに監視員に見つかったような気持ちだ。


白い人はその中空に留まったまま、アトたちに告げた。

「お前たちも、自分たちの世界に帰れ。何かしようものなら私はお前たちを排除する」


真顔で、非常に殺気を感じた。

学校のエルテアス先生が本気で怒った顔に似ている・・・アトはブルっと身震いした。


そんなアトたちを置いて、バサァ、と、白い人は左の遠方へその背中の翼で飛んでいく。


「このケチ! 有翼人種のボォケッ!!!」

金茶色の人が、その大きな翼が見えなくなってしまうまで、叫び続けていた。

よくあれだけ叫び続けられるものだ。しみじみアトは感心した。


白い人が見えなくなってしまうと、その人は黙ってしまって、けれど怒りはそのままに、ずっとその方角をにらみ続けていた。

「・・・チッ 負けるもんか」

金茶色の瞳の主は、アトと、その後ろでまだしりもちをついたまま動かない黒いフォエルゥなど気にも留めず、傍の白にしか見えない何かをグィと持ち上げる動作をして、黄土色の布袋を不意に取り出した。


「・・・あと3日・・・ 負けるもんか」

金茶色の瞳の主は、呟いて何かの決意を新たにしている。

遠くだけれど、アトにはそのつぶやきが良く聞こえた。この場所は、声がよく伝わる場所なのかもしれない。


「負けるもんかぁああああああ!!!」

金茶色の瞳の主は、黄土色の布袋を肩に背負い、突拍子も無く、白い人の消えた方向めがけて走り出した。


タタタタタッ・・・!!!


あっけに取られていたアトは、その姿が大分自分たちから離れた時に、我に返った。


しまった! あの人(だと思う)を連れ戻しにこんなところに来たのに!!


慌ててアトは立ち上がった。

「ま、待って!!! そこの人、待って!!!!」


駆け出そうとして、後ろを振り返る。黒いフォエルゥ。まだ動かない。

何故だか置いて置けない。その前に体当たりしたまま走り去って良いものか。


アトが後ろを振り返り躊躇している間に、そして、アトが再び金茶色の瞳の主の方を見つめなおした時。

この広がる白い世界の中、金茶色はすでに無かった。

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