017.白
よくわからないながら、アトは、人として正しいと思う答えを口にした。
「そんな時は・・・自分にできる事なら・・・助けるでしょう」
「『助けるでしょう』でなくてね。助ける、助けない?」
母は、さらに言葉を詰めてきた。
一体、何だというのだろう? 母は、真剣な顔をしている。
アトは、言葉を選択した。
「助け、ます」
「そうよね」
母は頷いた。
「あの・・・一体・・・」
「アトロス。行方不明の娘さんを、探しにいってきてちょうだい。今すぐにでも。早いほうが良いわ」
「え? は、はい・・・」
アトは、石見の塔の老婆様から告げられた運命の言葉を思い出した。これが運命の日というものなのだろうか。
「詳しい事は、後からあなたに伝えるわ。はい、これを持って」
母は、自分の首から、ターコイズ色の石のペンダントを外して、アトの首にかけた。
「うん、嬉しいわ。私の息子も立派になって!」
幸せそうに笑う。
母は、強引な性格だったんだな、と、アトはぼんやり思った。
父の好みがこういうタイプだったとは。意外だ。
「えーと・・・まぁ良いわ。とにかく! お願いするわね」
何かを言おうとしてやめた様子に、ここは勇気を出してしっかり確認しておいたほうが良い、と、アトは感じた。
「何か、必要なことが僕は分かっていないみたいなんですが」
「だって、どうせ話してもまた忘れちゃうんだもの。アトのせいじゃないのよ。仕方無いわ」
アトはため息をつきたくなった。
とにかく、すぐに旅に出る必要があるという事だけ分かったが・・・。
あれ?
「待ってください。あの・・・僕はどこを・・・どこに行けば良いのですか」
「普通の人には、行きにくい場所よ」
母は真面目な顔をしていた。言葉の続きが分かった気がした。
「でも、僕には、行ける、と?」
「そうよ。ペンダント、失くさないでね。私とクリスティンが、あなたと会話をするのに必要だから」
クリスティン。先ほど確認された名前だけれど。
「居なくなった女の子と親しい子よ」
と、母が言った。
促されるまま、アトは暖炉のように見えるものの前まで歩み寄った。
「ここから行ってみて。その子を向こうに見つけられるかもしれない。人助けよ、アトロス」
これは、本当に「今すぐ」なのだ、とアトは気づいた。
どうしよう。
よく分からないけれど、とりあえず、行ってみよう・・・。
***
ここから行ける、と言われたから、アトは大きい暖炉の中に、そのまま歩んだ。
壁に当たる? そう一瞬思ったけれど、身体は何にもぶつからなかった。
中に踏み込んだ途端、光の量が多いのだろうか、視界が真っ白になる。アトは自分の体を確認した。自分の体はきちんと見えた。
不思議だ。世の中とは知らないことばかりらしい。
真っ白の中を歩いていくと、靴の先が、コン、と何かに当たった。
目を凝らして足先を見るが、自分の足は見えるのに、何に当たったのか全く見えない。壁だろうか? 腕を伸ばしてみたが、腕に触れるものは無かった。
足先を動かしてみる。
横に。やはり何かがずっとある。
上に・・・途中で、何かに触れている感覚が消えた。もう一度確認する。どうやら、段差があるようだ。
そろそろと、右足だけで段の上に足をかけてみる。踏み込んでみると、しっかりと床があった。
左足も同様にして、アトは一段を登った。
たった一段の事なのに、何も見えないって、ちょっとの事で気をつかうんだな。
アトは少し息を吐いた。
それから、ふと、後ろを振り返った。
後ろも真っ白だった。ここに来るまでにいた部屋も、何も見えない。
アトは不安を覚えた。これ・・・ちゃんと帰れるよね?
あたりも見回す。誰の気配も無い気がする。
アトは、少し迷ったが、もう少し、前に進む事にした。
すぐにまた、足先に何かあたった。また段差のようだ。ひょっとして、階段のようになっている?
そろそろと三段を登ると、急に風を顔に感じた。
そして、何かが顔にかかってきたような。
突然、バサっと音を出して、真っ白のものが上に消えた。視界が急に開けた。
大きく怒声がした。
「お前の世界に帰れ!!! お前がくる場所ではない!!」
アトは思わず怯み、身を引いた。
前には、見た事もない場所が広がっていた。薄い赤紫の空、白い地面・・・右上から左下へ、急勾配の坂の途中に居るようだ。木などは一切ない。
右上に、大きな白いものを背負った人がいた。その人は左下を真っ直ぐに見ている。アトのことなど気付いても居ないようだ。
アトは、身をすくめながら、視線を辿って左下を見た。
ウォオオオオオオオオォオオ・・・!!
左下に、真っ黒い、毛むくじゃらの何かがいた。
「・・・フォエルゥ・・?」
アトは呟いた。
いや、フォエルゥでは無い。そもそもフォエルゥの体毛は真っ白だ。分かっているけれど。
あの怒声は、右上の白い人が、左下のものに向けてのものだったようだ。ケンカ中なのだろうか。
右上の白い何かを背負った人のところで、キラリと何かが光った。
アトはドキッとした。槍だ。槍先が光ったのだ。
白い人が、フォエルゥを槍で射抜こうとしている!!




