149.イシュデン領主は皆に指示する
イシュデンの町には、デルボとサルトという庭師がいる。
居城には立派な庭があって、二人はそこで樹木と草花の世話をしている。他にも、居城の力仕事や見回り、掃除や料理の手伝いなどもする。
その日の朝、デルボとサルトはいつもより少しだけ早めに起きた。本当はもう少し早く起きてもいいぐらいだった。
昨日、町の北西にある湖-石見の鏡-にだれかの死体が浮いていた。
酷く歳をとった誰かだと領主イングスが話したから、お年寄りの誰かだとは思うが、遺体は引き揚げられず、現時点では誰なのか分かっていない。
それでも誰かが亡くなった。
だから、葬儀が行われるはずだ。
葬儀には花を使う。
庭師は、居城の庭で花木を育て、それを町に提供する仕事もイシュデン領主から任されている。
少しだけ早めに起きたそれぞれは、庭で合流し、葬儀に使う花を歩いて決めて行く。
「グルゥ」
大きな動物の甘えた鳴き声がした。
「ん。フォエルゥ。おはよう」
サルトがイシュデン領主の息子のアトロスの飼う大きな白い動物、フォエルゥに声をかける。
「グルゥ・・・ゴゥ」
「どうした、アト様はまだ起きないのかい?」
「グルゥ・・・」
「ん?」
サルトは少し不思議そうにじっとフォエルゥの様子を見た。
それから恐らくそうだという確信を持って、少し離れて樹の上の花を摘み取っているデルボに大きな声をかけた。
「デルボー! イングス様か誰かがお呼びかもしれない。一旦戻ろう」
「んー・・・? あぁ、分かったー!!」
「グルグルゥ・・・」
フォエルウは二人が来るのを待っている。
***
フォエルゥについて、二人が居城の正面玄関に向かうと、玄関ホールにはイシュデン領主の他、いつも部屋に籠って霧の研究をしている物知り博士のオクロドウさん、そして、町の外から来た商人の男性までもがいて、何かを話している最中だった。
「グルゥ」
「ん」
フォエルゥの鳴き声にイングスが気づいた。サルトとデルボは挨拶の声をかける。
「おはようございます、イングス様。皆さん」
「おはようございます」
「あぁ、おはよう、デルボ、サルト」
「サルトさん、デルボさん、おハヨうございマス」
「・・・」
商人の男性は無言でサルトとデルボを見た。
イシュデン領主イングスは、挨拶の後、すぐにまた外の商人に向かって話しかけた。
「★◎△・・・*▽%・・・」
デルボとサルトには訳の分からない言葉で、町の外から来た商人が使う言葉だそうだ。と思ったら、今度はイングスはオクロドウさんにまで、その言葉で話かけた。オクロドウさんも、その言葉で返事している。
「オクロドウさんも、あの言葉話せるんだなぁ」
「本当だね。同じ町から来たのかな?」
「俺たち、町の外の事はさっぱりだからなぁ」
「そうだね、同感だ」
「デルボ、サルト、待たせてすまなかった。あぁ、フォエルゥ、二人を連れてきてくれてありがとう」
「グルゥ」
いつのまにかイングスのすぐ傍に寄っていたフォエルゥは、頭を撫でてもらって満足げに目を細めている。
イングスは二人に再び向き直った。
「葬儀の準備を頼みたい」
「はい」
「はい」
「モリジュが亡くなったのだ。グィンが確かめてくれた」
「えっ!?」
「モリジュお婆さんが、ですか!?」
「そうだ」
二人は信じられないと顔を見合わせた。
「昨日、石見の鏡で亡くなったのは、モリジュということになる。モリジュだけが行方不明で見つからないからだ」
「そう、なんですか・・・」
「なんてこった・・・」
三人でため息をつく。
その横、オクロドウさんは町の外の言葉で商人に話しかけていた。
「それで・・・。グィンとマチルダとメチルがモリジュの葬儀で一日出る。モリジュは石見の鏡で亡くなったから・・・デルボ、池の傍の墓を花で飾って欲しいのだが、一人で頼めるだろうか? サルトは、食事の準備などを頼みたいのだ」
亡くなったモリジュは、居城で働くグィン、マチルダ、メチルの親であり祖母である。
いつもそれぞれ働いている三人は今日は葬儀に専念してもらいたい。
「はい、わかりました」
「はい、料理、簡単なものになりますが」
「うむ、頼んだ」
イングスもまだ朝なのに大分疲れのにじんだ様子をしている。
「私はこれから町に葬儀を伝えに行く。そうだ、誰でも良いから、あと数時間したら、アトロスを起こして葬儀がある事を伝えてやってくれないか。昨晩アトロスには頼みごとをして、朝方に眠ったところなんだ。他にも頼む事があるのだが、今はそのためにも眠らせてやりたい」
「わかりました」
とサルトが答えた。
「あぁ・・・そうだ、オクロドウさん」
「ハイ。イングス様」
「すまない、後で良いのだが、あなたは書庫に詳しいと思って。この町の始めの方を記録した書物を見たいのだ。詳しく言うと、町の始めの方に、誰が町に居たのかが分かるような内容を探している。さらに言えば、ナナキーナという人についての情報が知りたいのだ。もし書物がすぐ分かれば・・・うむ、談話室のテーブルに置いておいていただけると有りがたい」
「わかりマシた」
「では。・・・あぁ、○☆◆$△%・・・。フォエルゥ、来てくれ」
イングスは、最後は町の外の言葉で商人にも何か伝えた後、フォエルゥを連れて出て行った。
フォエルゥは頼めば背に乗せて移動もしてくれるし、大声を出して人も集めることもできるからだろう。
つまり、それほどイングスも疲れているのだ、とデルボとサルトは感じ取った。
***
「じゃあ、俺も花の準備をしてくる」
「わかった」
デルボはすぐに花の準備をしに再び庭に出て行った。
サルトもまず食事の用意をしなくては。
「あの、サルトさん」
「え、はい」
「☆*○・・・」
町の商人がオクロドウさんに話しかけながら、サルトも見ている。
「この方、ルクイッドさんが、料理を手伝いたいといっておられマス」
「え・・・?」
「*◆△・・・」
「昨日残った品を調理すれば良い。自分も料理ができるから手伝う、と、いっておられマス」
「いえ、でも・・・」
「&*◎・・・」
「手伝うから、その分、自分の娘を早く探して欲しいといっておられマス」
「・・・あぁ・・・」
内容に納得したサルトはゆっくり頷いた。
「よろしいデスか?」
オクロドウさんはサルトに確認をとって、再び、商人に町の外の言葉でそれを伝えた。
しばらく商人と会話していたオクロドウさんは、説明が終わったのだろう、サルトにこう言った。
「では、私はイングス様が先ほどおっしゃってイタ、書物を探してまいりマス」
「え、あ、そうなんですか」
言葉の壁はどうしたら良いのだろう。
「料理が終わったら書庫にいますので呼びに来てくださいマセ。早く書物が見つかれバ、私もお台所に行きますカラ」
「わかりました」
オクロドウさんは商人にもそれを伝え、去って行った。サルトは残されて、商人を見た。
「$◆◎・・・」
「え、何言ってるんでしょう。えー何・・・台所はコッチ・・・」
「△#&・・・」
「ん? 何だ? ・・・え、あぁ、それは馬! 馬?」
「*○☆・・・」
「え、何、カゴ、食べる・・・ん、あぁ、食糧! あぁ、はいはい、馬車、荷物か!」
まるで新しい学校で全く知らない事を教えてもらっているみたいだ。
必死で汗さえかきながら、サルトと商人はジェスチャー合戦で意志疎通を図りだした。
あぁ、オクロドウさん、あなたにこの人をお任せしたかった・・・。とサルトが思っても、もう後の祭りである。




